2019年11月21日

「小坊主」作・田畑稔(no0155.2019.11.24)

 小坊主がやってきた。
 法事で坊主を呼んだら、やってきたのは五人の小坊主だった。なんとも可愛い坊主だった。年の頃は10歳にも満たないだろう。だが剃髪は青々と、おろしたての真っ白い足袋を履き袈裟までしっかり纏っている。そして小坊主たちは座るなり声をそろえてお経をあげた。
「しっかりした小坊主さんたちだこと」
「お経がぴったりそろってる。子どもとは思えないね」
 だが気づいたのは、彼らはよく似ていたこと。背格好もそっくりだった。
「兄弟どころじゃない。一、二、三、四、五。五つ子か?」
「五つ子だってさ、珍しいねえ」
 そして小坊主たちは五人並んでお布施をいただいた。お布施をもらうときは横一列に並んだが帰るときは縦一列に進んだ。
「あの小坊主さんたちは?」
「最近評判だよ。所作はきびきびしてるしお経は上手にあげるし、とにかく可愛いし」
 世間はかまびすしい。
「小坊主のくせにお布施は一人前にもらうんだね」
「小坊主でも、もらうものはもらうと」
 ある会社の現場では大工たちが汗を流していた。員数はねじりはちまきの五人だった。
「墨つぼ引いとくれ」
「よっ!」
「カンナかけたかな」
「よいさ」
 五人目が加わった。
「ほいさ!」
 全く同じ顔をしていた。保育園で新任の保育士さんたちが子供たちと遊んでいた。
「メリーさんのヒツジ」
「ヒツジ」
「メリーさんのヒツジ」
「かわいいな」
 五人目が加わった。
「字余り」
 彼らも同じ顔だった。ある商社で懸命の営業会議をしていたのは仕立ての良いスーツで固めた五人の営業マンだった。
「販売成績を上げたいからといって、賄賂まで払うというのはどうかな」
「必要な場合もあるよ」
「一度払っちゃうと、うちの会社からは賄賂がもらえるものだと、相手は思うものだぞ」
「実情を無視してるね。払うときは払わなきゃダメだということだよ」
 五人目の営業マンが論争に加わった。
「オレたちも賄賂もらっちゃおうぜ」
 顔がそっくり同じ五人組がよく働いているということが知れ渡っていた。建具屋から保育園から商社であってもどこでもだった。少し変わった五人組、大方は彼らの素性に気付いていた。
「ほら、この地蔵さんだよ。五人いるだろ?」
「ほんとだ。顔がおんなじだ」
 町はずれの河原に地蔵は五人並んでいた。そして一体の地蔵だけ横向きだった。
「仲違いしちゃったかな」
「いろいろあるんだね。子供だからかな」
「すぐ仲直りするよ」
 その次の日くらい、地蔵は同じ向きになった。地蔵はさっぱりとした性格なのだ。だから地蔵たちはいつも五人、彼らはいつも同志なのだ。
 大雨が降り山間部で土砂崩れが発生した。生き埋めが起こり、大事件として報道された。もちろん五人も救助に参加していた。夜を徹して土砂の下から懸命の救出作業が続いた。だが雨は降り続き救出作業も疲労を濃くしてきた時だった。増水してついに堤防が決壊し、川に転落した者がいた。
「流されたぞ!」
 絶叫が響いた。
「流されたのは誰だ!」
「五人組のようだ」
 地蔵だった。きょうは町の一大事と、土砂崩れの現場に駆けつけていたのだが、うち一人が増水して決壊した川に転落した。
「飛び込んだぞ!」
 五人組の誰かが、溺れる仲間を助けるため濁流に飛び込んだ。それだけではなかった、他の仲間も次々と濁流に飛び込んだのだ。五人は浮き沈みしながら濁流にもまれて消えた。
 しばらくして町の人は気づいた。河原の地蔵はなくなっていたのだ。
「可哀そうなことしたよな」
「頑張って仕事していたのにね」
 人々は地蔵を悼み、再び地蔵を立てようという話になった。町の人は水害も著しかったから苦労したが、なんとか小さな地蔵を建立できるくらいの費用は集まった。
 開眼式には大勢の町の人が集まった。予算の関係上、以前よりは地蔵は小さかったが、顔が整っていると町の人の評判だった。
「あれ?」
「あれはもしかして…」
 小さな小坊主が列を作って歩いていた。以前よりさらに小柄な小坊主だが、とても整ったきれいな顔立ちをしていた。そして法事に現れた小坊主たちは見事にそろった読経を披露した。もちろん、お布施を受け取ることもしっかり忘れなかった。
(了) 



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2019年11月20日

「菊」作・田畑稔(no.00154.2019.11.23)

 白菊が凛として立っていた。 
 寺の境内にはなん鉢もの菊が並び、誰の目も引く出来栄えだった。既に評判となっており、町内の世話役が品評会にぜひと勧めた。だが制作者である寺で働く老人は渋った。
「町の名物になります。いやもうなってます、ぜひお願いします」
「出品するのに人手が要るなら手伝いますよ。手伝わせてください」
 だが老人は、もう足が弱っているからとか表に出るのが苦手だからと言い渋り続けた。菊の季節が終わるとまた境内は静かになった。だが町内会では来年に向けてプロジェクトを立ち上げようという話で盛り上がった。
「この町で、こんな立派な菊を栽培する人がいるとはね」
「菊って、作るの難しいのかなあ。みんなで作って町の名物にしようよ」
「ああいう立派な菊は経験積まないとね」
 町の世話役たちは菊を育てた経験がないのである。そして翌年は夏が来たころから催促がきた。今年の菊の出来栄えはどうか、ことしこそ品評会に出さないのかと。そして秋が訪れるころ、寺の境内に大輪の菊がなん鉢も並んでいた。歓声が上がった。町の人は寺に押し掛け老人を称えた。
「おじいさん、やったね」
「去年より迫力あるよ」
 地元の新聞やテレビも取材におしかけ、寺はスポットライトを浴びた。しかし老人はテレビの前に現れず、新聞の取材も受けなかった。
「おじいさん、いるんだよね。見た?」
「見てないけど、いるはずだよ。表に出るのは苦手ってタイプだからね」
 菊の評価は年々高まったのと反対に、老人の出没は減った。老人を見たという人の話では痩せたという。病気があるのかそれとも年齢による老化だろうと、町の人は噂した。
「じいさん、見た?」
「離れに明かりが灯っていたという話もある」
「電気は通ってるの?」
「明かりがかすかで揺れていたから、あれはろうそくだな」
 菊の展示も誰もいないうちにやっているらしく、最近では寺の雑用からも遠ざかり、町民の誰も老人を見ていなかった。そして翌年秋、菊の季節になっても菊は境内に出現しなかった。だから老人の死亡説も飛び交ったくらいだった。町民は寺に老人の消息を尋ねた。
「寺では把握しておりません」
「だっておじいさん、ここの職員でしょ?」
「ご老人は先代の住職の時代からおりまして、仕事の内容はわかりません」 
 寺が把握しているのは、寺の境内の奥の竹やぶの中に離れがあって、そこが老人の住んでる家だということだけだった。町の人が竹やぶをのぞくと確かに離れはあった。ただ明かりもなく、現在住んでいるのかどうかさえ分からなかった。近づいて中を伺えばいいのだが、気持ちが悪いと誰も直接老人を尋ねなかった。
「明かりがありませんが、おじいさんそこに住んでいるんですよね?」
 世話役が聞いても、寺の者は首をひねった。
「給料は支払われているんですか?」
「寺は把握しておりません」
「電気や水道なんかはあるんでしょうか?」
「先代住職の時代に何か約束があったかもしれませんが、現在はわかりません」
「おじいさんは元気なんですよね」
「そんなに心配なら、ご自分でお確かめになっては?」
 老人に変な噂が立っていた。老人は出自や過去の職歴などがさっぱり不明だったことから、そもそも明らかにできない出自であるとされたのである。町の人のなかには、住職に直接聞いてみようということになり、何人かは押し掛けた。
「いまどき、出自で待遇が変わったりするなどということがあるんですか?」
「そのような仏の道に反することはありません」
 否定はしても、いったん上った噂は尾ひれがついて広がって行く。町の人の口に菊の話は上らなくなった。
 次の年の秋のある日、菊が並んだ。これまでになく、大輪の菊が数十鉢、境内に飾られた。それだけで菊の品評会ができるくらいの数だった。
 テレビが取材にやってきたのに続いて、町の人もやぶの中の離れに押し掛けた。離れは茶室のようであった。茶室には火鉢があったきりで他に家具らしいものもなく、それだけだった。老人はどこへ行ったのか、そもそも老人は離れで生活していたのかさえわからなかった。
「では、制作者不明の菊花展というミステリー仕立てで行きますか。かえって面白い」 
 菊を作った老人はどこへ、という三文ドラマ風に追跡していったテレビはすぐに大きな関門にぶつかった。テレビは、寺の境内に古い墓を見つけたが、その墓はかつて虐げられた身分の人たちの墓だった。だが菊の老人との因果関係は不明であり、なぞの菊の作者はどこへ、という安っぽいテレビ番組が一度放送されたきりで終わった。
 ただ一人一度だけ、老人を見たという人物がいた。その人物は夜、寺の境内で老人らしき人物を見た。
「暗かったけど、あれは確かにおじいさんだったわ」
「元気だった?」
「それが死人のように真っ青な顔してた。目が合ったけど怖くて…」
 町の人も菊を栽培して菊花展ができるまでになっていた。参加者は各方面にわたり様々な菊が出店され、賑わった。その時、出展者がわからない菊が展示された。しかも菊花とともに菊人形が展示されていた。
「けっこうリアルな菊人形ね」
「まるで本物の人形みたいだ」
 どこかの蝋人形館に展示されていても見間違うような菊人形だった。しかし出展者はわからないままだった。おまけに変な噂が立った。夜になると菊人形の表情が変わる、菊人形が歩くと。そう証言するのは菊花展の世話役だった。
「この菊人形、気持ちが悪い」
「みんな言ってるわ」
 それでは展示場から外そうとしたとき、菊人形は消えていた。そしてちょうどそのとき、菊人形を作った老人が寺の境内にいたのが見られた。
(了)





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2019年11月19日

「先輩」作・田畑稔(no.0153.2019.11.22)

 つい愚痴も出ようというもの。
 職場の先輩と後輩は話しをするとつい出てしまう言葉が、昔は良かった、昔はこんなもんじゃなかった、昔は寝ずに働いた、いまの若い連中は甘い。そう吠えたからといって自分たちの境遇が改善されるわけでもないのだ。年なのかもしれない、年なのだろう。出世も進歩も頭打ちになった人間が陥るワナだ。そうだワナなんだ。アリジゴクのワナ。つい不注意にも奈落に落ちる。そこはアリジゴクのワナだった。気付いた時には手遅れなのだ。
「それで先輩、祝福したんですか?」
 部下の中から抜擢があり、何段飛びかの栄典があった。
「もちろん。祝福したよ。もちろんだ」
 後輩は今夜も酒が進む。
「でもオレは落ち込んでますよ。なんであいつがって。先輩落ち込んでないすか、ほんとのとこ」
 先輩は何も答えなかった。そんなものだろうと、本心ではそうなのだ。それがわかるからこそ落ち込むのである。
「先輩もつい言っちゃうでしょ。昔はよかったって。年取ると誰もが陥るワナ」
「昔はよかったワナか。あるかもね」
 その先輩の上司になった部長に頼まれた。ある契約がこじれたから救ってほしいということだった。
「あいつがそんなこと言ってきたんですか? それこそ栄典した部長の仕事でしょう」
 先輩は答えなかった。
「先輩、それ受けたんですか?」
「お前は因縁があるだろうって」
 かつて契約した案件で、先方の支払いが滞った。先輩はその会社の傾きを救った。簡単にいえば仕事をとって来てやったのだ。先輩の会社が取ろうと思えば取れた仕事であったが、先輩の大きな心、大局を見る目が評価された案件だった。
「先輩が部長やればよかったんですよ。昔なら社員を実力で抜擢したもの。昔はよかった」
「だからそれがアリジゴクのワナだっていうの」
 社員の反応が変わった。こんどの仕事は報酬が出るらしい、ぜひやるべきだ。報酬はいくらだ、関心はそっちへ移動してしまった。先輩の手にする報酬はいくらか社内は持ちきりだった。
「10万ですか? それとも100万?」
 先輩はうんざりした。 
「報酬なんてあるわけないじゃないか。会社の通常の仕事だよ」 
「じゃ、報酬はなしですか?」
「当たり前だろ」
 契約は順調に進んだ。当初の思いとは異なって先方は、こちらの子会社になるか会社解散のうえ財産や社員を引き取って一つの会社にしてしまうかという、大きな決断を考えていた。実のところその会社は会社継続にもはや情熱をあまり持っていなかった。できればこちらの会社に引き取ってほしいという話だった。
 その会社は地元で起業してそこそこいい時期もあったのだが、経営者が高齢になり健康も優れなくなってしまったのが会社解散の第一の理由だった。その後始末をかつて倒産の危機の時に仕事を分けてもらい、結果的に売り上げまで分配してくれることに尽力してくれた先輩にこの仕事を任せた。
「先輩にこの仕事をさせたのは社長だったんですってね」
「オレも最近聞いたよ」
 その社長が健康を壊していることは社内ではよく知られたこと。そして栄典した部長は実は社長の甥っ子であることが明らかになって、栄典も身内だったからだとむしろ納得した。なんとなく上機嫌が続いていた妻が聞いた。
「社長さんに呼ばれて何て言ったの?」
 先輩は言った。
「社長は思ったより悪いみたいだ。あまり話せないで帰ってきたよ」
 先輩は、実は病床の社長が先輩を副社長にすると言ったこと、さらに、いずれ甥っ子を社長にするがお前に大番頭を期待していると言ったことを妻に言った。
「あなたに期待しているということよ。よかったわ」
「なにが良かったんだ?」
 妻は言った。
「正直言って、あなたの出世はここまでかなと思ってた。だとすると上はちゃんと見てないんじゃないかって思ってた」
 妻も夫の出世を少しは考えていたんだと、男は少し意外だった。
 社長が亡くなった。社員は皆社長の健康に関して知っていたから、驚きはなかった。それよりむしろ通夜から告別式、会社の内外に遅滞なく情報を伝えることは会社の実力を教える。ほぼ合格点ではなかったかと先輩は思った。
「先輩」
 声を掛けて来たのは何段か飛びで栄典した部長だった。
「お伝えしたいことがあります。
「なんですか?」
「実は、社長は後継をまだ決めてなかったんです」
 病気療養中の社長は後継をきちんと指名しなかったのだ。
「何も言ってなかったんですか?」
「いえ、いろいろな人に言ってはいたでしょうが、遺書も公正証書も作っていないんです」
「それは意外だったなあ」
「だから、実際何も決まっていないんです」
 部長は笑顔で言った。
「先輩は、社長に副社長をやってくれと言われてたんでしたか?」
「うん、まあ…」
 先輩は言葉を濁すと、部長は一気にまくしたてた。
「先輩が社長をやってくださいよ」
「ええ?」
 部長は続けた。
「社長はもともと先輩を買ってたし、この間の契約の件でも腕が立つのは確認されました。みんなが先輩を尊敬してます」
 部長が指した先に妻がいた。
「奥様に来ていただきました」 
 妻は、はにかみながらも誇らしげな顔をしていた。いまから会社の人事の変更と発表を行うと部長が発表した。たまたま今ここに全社員が集まっている、会社の意思決定機関として有効だ。そして先輩の代表取締役の決定が全社員の拍手を持って発表された。先輩は祝福を受けながらも、アリジゴクのワナではないだろうなと、頬をつねってみた。
(了)

posted by 田畑稔 at 20:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする