2020年07月05日

「シジミ」作・田畑稔(no0380.2020.07.06)

 おお、ずいぶん大きなシジミが獲れるものだと私は感心した。沼は小さいし名もない。その沼で少年はシジミ獲りを続けている。これほどシジミが獲れるならもっと大勢が来ていてもよさそうなものだが、沼に入っているのは少年一人。シジミ獲りの少年はシジミをザルで獲り、そしてシジミを手の平で転がし品評している。匂いを嗅いだり舌先でなめたりしている。シジミはほんのわずか、口を開けているが、触るとすぐに貝を閉じてしまう。力は強い。こじ開けるなんてできない。少年は腰に付けたビクにザラザラとシジミを流し込んだ。彼にとっては重要な食糧の確保なのだろう、目が真剣だ。

 大きいシジミだが塩の香りがしない。沼だからだ。シジミは淡水シジミなのだ。とはいってもシジミはだいたいが淡水の生き物だ。たまに汽水に住むシジミもいるが、ここでは純粋に淡水シジミを紹介しておきたい。沼に入ってせいぜいヒザくらいの高さで、裸足で進んでいた少年の足の裏にシジミが感触がある。なんとも面白い感覚だ。石ころかとも思うがシジミなのだ。少々痛いがこそばゆくもある。そして足の裏にシジミを感じたとき、腕を肩まで沈めてシジミを拾うが、その時石ころだったことはない。つまり少年の足裏の感触は的確であるということ、この沼ではシジミは豊富だということ。つまりシジミのよい漁場なのだ。

 沼底はとっても軟らかい小さな砂粒で敷き詰められている。沼底を歩く者にしてみれば泥を歩いてるに等しい。沼は決して広くはない。しかも名前がない。あってもよさそうなものだが、名前など聞いたことがない。沼は小さいが淡水に適応した水の生物がたくさん住んでいる。そこまではよいのだが、沼には不思議な現象が起こる。沼は時々消えることがある。沼が消える? いい加減なことを言っちゃいけない、人をたぶらかしちゃいけないよと問い詰められても、それは事実だ間違いないと答える。間違いなく事実だ。私は何度も目撃している。とにかく一瞬にして沼が消える。いや、沼が現れると言った方がいいのかもしれない。草原の、なかった所に忽然と沼が現れる。まったく忽然とだ。昨日までただの草むらに沼が現れる。好天とか悪天候とかは無関係。まったく天の気まぐれで現れる。何か法則性があるのではないかとか、近くの川や湖が関係しているのではないかとか、さまざま考えてみたが該当するものはなかった。天候とか気温とか風向きとかとの関係はわからない。原因はわからないので忽然と現れ忽然と消えるとしか表現できない。沼は現れては消える。

 地元の大学の先生に聞いたら、水がなくなるのは細かい砂粒に水が吸い込まれていくからではないかと。では水がたまるのはなぜなんだと聞くと、その理由はわからない。雨が降った後に沼は現れることもあるが、雨が降らなくても沼ができることもある。風が強いなと思った直後沼が現れたこともあるし、灼熱といってもいいくらい暑い日に案の定、沼は消えた。

 少年はいつも同じ格好だ。上は法被、下は締込み。それ以外はない。着物ではないが頭にはハチマキを巻く。そうしてザルでシジミを獲る。そして無口だ。一生懸命シジミは獲るが何も語らない。語らないからといって悪いことはないのだが、もう少し賑やかにしてもいいだろうと思う。誰でも寂しいこと、落ち込むこともあろう。しかし調子に合わせて唄ったっていいだろう。シジミ獲りなのだからがもう少し楽しくしたっていい。

 なぜ少年はいつもシジミを獲っているのだろう。学校には行かなくていいのだろうか。しかし学校に行っている感じがしない。まるでシジミ獲りが仕事みたいだ。仕事だとすると誰に命じられてシジミを獲っているのだろう。親にだろうか。だとすると今どき珍しい。現在小学生以下であれば労働は禁止されている。だが少年にはそんなことはまるでお構いなしだ。粛々と仕事を続けている。ねえ君、シジミ獲りに熱心なのはいいが、学校へは行かなくていいのかい? それぞれ家庭の事情というものがあるだろうが、小学校は義務だからね、行かないとまずいんじゃないのかい?

 沼が消えたとき沼の生き物、フナやウグイやドジョウはどこへ行ってしまうのだろう。また現れるとき、彼らはどこからやって来るのだろうと思っていたがついにその片鱗を見せつけた。草むらにウグイの死骸があった。干からびていた。これで間違いなかった。沼が消えたとき、大半の。ウグイはうまいこと姿を消すが、たまたま消え遅れたウグイがいた。可哀そうに。他についていけなかった鈍いウグイが干からびてしまっていた。

 だが干からびたウグイに続く逃げ遅れた魚はなかった。私は草むらをつぶさに見て歩いた。干からびたウグイに続いてシジミの貝殻があった。これこそ沼があって沼が消えた証拠だと思ったが、他に貝殻は見当たらなかった。

 空気が湿ってきた。草や土が蒸す匂いが盛んだ。これは一雨来そうだ。それも強い雨だ。そうすると当然予感できる、沼が現れる。しばらく現れていなかったので待望していた。雨が降ってきた。雨は私を激しく打った。痛いほどだ。だったら沼が現れるのもすぐだろうと思ったが、沼はまだ現れなかった。草原のいたるところで水たまりができていた。そこに水棲生物はいた。アメンボが水面を駆け水中にはヤゴが泳ぎタガメがそれを狙っていた。小さな魚が集団で一斉に同じ向きに姿勢を変えた。
「メダカじゃないか。元気だな」
 これほど水棲生物が増えてきたのだから、沼が現れるのもじきだろう。

 少年だ。少年が現れた。待ってたぞ、少年。少年は草むらを掻き分けて歩いていた。スタイルはいつも同じ法被に締め込み、そしてキリリとねじったハチマキ。水が上がって来た。ぐんぐん上がって来た。周囲にはフナ、ウグイが元気に泳ぎ始めた。泥の中からドジョウが顔を出し、生意気にも警戒している。柄でもないくせに。

 泥が立ち上った。少年が歩くと沼は一気に濁った。私が上目に見ると水面から沼をのぞいている顔があった。少年だ、少年の顔があった。急に周囲は暗くなった。私は何かに強く押し付けられた。押し付けられた上にゴリゴリとシゴかれた。そうすると大きな竹で編んだザルが下りてきて私をすくいあげた。わたしの眼前に少年の顔があった。少年は何を思ったか知らないが私をつまみ上げて私をじっと見た。私が恥ずかしくなるくらいじっとだ。そして少年は沼辺で火を起こし湯を沸かし、他に獲った私の仲間のシジミとともに、頃合いを見計らって私たちシジミが湯に放り込まれた。その時私は、おい、それはちょっと待ってくれないかと言ったが少年は躊躇なかった。そしてちょうど貝が開いたとき味噌が溶き入れられ私は実に美味そうにシジミ汁としてすすられた。
(了)













 
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2020年07月04日

「手紙」作・田畑稔(no.0379.2020.07.05)

 郵便屋さんが来たよと小学生のユリが言った。お父さん、お手紙が来たわよとお父さんに訴えた。そのときお父さんは朝食のご飯をかき込み味噌汁をすすったところだった。そして、ごめんね急いでいるから行ってきますと言ってカバンを抱え駅に向かった。だからユリはお母さんにも言った。手紙が来たみたいだよと言ったがお母さん急いで髪をとかし、きょうは先生と面談なのよ。ユリちゃん知ってる? あなたの面談なのよ。だから一張羅のスーツ出して見たら虫食ってたの。ショックだわ。スーツの虫食いは直せることは直せる、洋服修理の専門家なら。でも、きょうのきょうじゃない、無理よね。だからどうしたかっていうと穴がちょうど左のポケットだったからバッグで隠すことにしたわ。バッグを左手の肘で吊り穴を隠した。そういう手段を取ったの。けっこう凄いでしょ? やるときゃやるでしょお母さん。

 だからユリは、せめて自分が手紙を取ってきてやろうと、そう思ったが躊躇した。雨が降っていたいたからだ。それほど強い雨が降っていたのではないがユリは躊躇した。それには理由があった。ユリには傘がなかった。傘がなければカッパを着ればいいのだが、そのカッパもなかった。カッパなどなくてもいいじゃないか、玄関からポストまで直ぐじゃないか。大邸宅でもあるまいに。濡れたってどうってことないだろうと普通は思うのだが、ユリはきちんと説得する材料を用意していた。それは自分は我がままだからだ。我がままだからほんの少しでも濡れるのがいやだというのがユリの揺るがざる主張だった。

 宅配便が来た。ユリはラッキーチャンスだと思った。宅配便屋さんは親切だ。荷物を受け取ってハンコを押したら頼んでみるのだ。宅配便屋さん、ちょっとお願いがあるの。ポストに手紙が届いたんだけど、いまちょっと事情があって外に出られないの。だから宅配便屋さん、ポストから手紙を抜いて持ってきてもらえないだろうかと。これは100%成功する企てだとユリは思った。成功を全く疑ってなかったユリだったが、宅配便屋さんからの返事は意外だった。宅配便業務規則というのがあって、通常の業務で発生する仕事以外を行ってはいけないといわれている。特に郵便の仕事だったりした場合、紛失したり傷んだり信書の秘密を侵したりする可能性があるので代行してはいけないことになっているとルル説明した。

 ユリは思案に暮れていた。手紙を取ってきたほうがいいのか、それとも雨が止むのを待った方がいいのかだ。もし父母のことを思うのなら手紙をポストから取ってきてやるのがいいかもしれない。しかしユリは我がままという性癖を忘れたくない。我がままお嬢様は、非難としてではなく信条として貫きたい。やっぱりそこは全うしたい。 

「ユリちゃんいたの?」
 いきなり誰かがやってきた。お祖母ちゃんだった。なぜお祖母ちゃんがやってきたのだろう。
「お父さんとお母さんは?」
「お父さんは会社、お母さんは先生と面談」
 お祖母ちゃんが手紙を持ってきた。
「ポストに入ってたから」
 お祖母ちゃんありがとうとユリは微笑んだ。いつも感謝を忘れないユリは良い子なのだ。お祖母ちゃんはそういって帰ったが、お祖母ちゃんは何しに来たんだろう。聞いておけばよかったと少し後悔した。
 ユリは手紙を見た。宛先が書いてある。確かにユリの家に届いた手紙だ。差出人は誰かと裏を返すと名前も住所もなかった。だがそれ以上手紙について関心を払うことはやめた。少々面倒になったのだ。

 お父さんが帰ってくると食卓に手紙があった。
「これが朝に来てた手紙?」
 お父さんは忙しそうにネクタイを外すと手紙をちょっと取り上げて行った。
「誰から来たんだろ。お母さん、見といてくれよ」
 お父さんは着替えのために奥の部屋に向かった。
「お父さん、手紙見ておいて。あたし夕食の支度で忙しいのよ」

 ユリが朝起きてテーブルを見ると、手紙の封は切られていなかった。
「お父さん、お手紙まだ開けてないわよ」
 お父さんはハムトーストにマヨネーズを塗ってかぶりついていた。お父さんはマヨネーズが好きだ。マヨラーだ。いつ何どきでも異常なほどマヨネーズをかける。トーストを食べる時間もないと言いながらマヨネーズは二度かける。マヨラーの面目躍如だ。それならお母さんと声を掛けると、ごめんねユリちゃん、きょうは穴を修繕したスーツを引き取りに行かなければならないの。それが午前中指定なの。ユリちゃん、急ぐのよ。まったくねえ、ナントカ暇なしよ。いやんなっちゃうと言いながら白いパンプスをこつこつ言わせて出かけた。

 翌日だった。翌日は仕事が休みということで今夜はしっかり飲んでくるといい、お父さんは遅くまで不在だった。お母さんはと言うと、きょうは待ってた韓流ドラマ見なきゃいけないの。だからユリちゃん、あたしを放っておいてといったので、その通りにしてやった。すると早くもワインとワイングラスを持ってきてはワインを注いで次々あおっていた。韓流ドラマが終わる前に既に眠っていた。

 いまだ手紙について気にしているのはユリだけだった。お父さんもお母さんもまったく気にしない。うちのお父さんとお母さんは手紙のことを放っておけるのはなぜなんだろう。
「お父さん、手紙を読まなくていいの?」
「お母さんに読んでもらって」
 お母さんに聞いた。
「お父さんこそ読んでよ。お父さんに来た手紙なんだから」
「お父さんに来た手紙なの?」 
「そうよ。間違いない、お父さんが封を切って読むべき手紙よ」
 お父さんにそういうと、なに言ってるんだよ、お母さんに来た手紙だよ。だって手紙の字を見たらわかるだろ。あれは女の字だ。恐らく友達か、同窓会の案内だね。だってお母さん、女子高卒業したから。そうしたらそれを聞いたお母さんは、字が女だからといったってどこかの会社の極めて事務的な手紙かもしれないじゃないのと言ったからお父さんはさらに反論した。仮に私に来た手紙が女文字であれば、その手紙はせいぜい人間ドックの結果だ。何週間か前、人間ドックを受診したからだ。私は健康には自信がある、まるで心配していない。ユリ、そんなお知らせは放っていてもいいし、むしろ放っておいたほうが人間として大きいのだ。細かい数字が一つ増えた、二つ減ったということくらいでいちいち騒がないことこそ大人の対応だと威張った。

 手紙は開けられないままだった。お父さんに言ってもお母さんにいっても決して手紙の封は切られなかった。そうだお祖母ちゃんに持っていったら封を切ってくれるかもしれない。お祖母ちゃんなら必ずやってくれるとユリは思った。ユリはお祖母ちゃんのところに行って、手紙について相談した。わかった、お祖母ちゃんが手紙を開けてやるといったので手紙を出そうとユリが思ったら、手紙がなかった。たしかにポケットに入れておいたはずなのにと訝った。
「お祖母ちゃん、手紙見なかった? ほら、お祖母ちゃんがあたしのうちに来てポストから取り出してきたやつ」
「ああ、あの手紙かい。あの手紙はね、そのときは気づかなかったんだ。うっかりしてた、ちゃんと伝えておけばよかった。ユリちゃん、じゃあ言っとくね。あれは決して封を切ってはいけない手紙なの」
 ユリは首を傾げた。
「封を切ってはいけない手紙? どうして封を切ってはいけないの?」
 お祖母ちゃんは言った。
「それはユリちゃんも大人になるとわかるは。それまで待っててちょうだい」

 手紙は何年も放置され、封筒は色あせ文字も薄れてきていた。見つけたのはユリの娘だった。
「お母さん、このお手紙なあに?」
 娘に手紙を差し出されたユリはすぐに理解できなかった。どこかで見たことがあるような気がするがと言ってるうちに思い出した。
「これ、お母さんが出した手紙だった。お母さんが小学生のときに学校で両親にあてた手紙って書いたの。その手紙だった」
「へー、そうなの。お母さんがお祖父ちゃんやお祖母ちゃんに書いた手紙なのね。読みたいわ。読んでいい?」
 でもユリは首を横に振った。
「それはできないのよ。これはね、決して封を切ってはいけない手紙だから」
 ユリはそう言ってて手紙に火をつけた。
(了)






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2020年07月03日

「石」作・田畑稔(no.0378.2020.07.04)

 球が浮いていた。ちょうど一抱えの寸法だ。自分の顔くらいの高さにある。近づいて触ってみた。まず感触を試した。球は石でできている。色は白っぽい。小さな穴がたくさん開いていた。もしコンクリートで作られていて、それを丸く可能な限り磨けばこの球は完成するだろうという感じだ。球は浮いている、だから下から押し上げてみた。宙に浮いているのだから軽いのかと思ったら違う。球は動かない。押しても引いても動かない。だから私は球にぶら下がってみた。ぶら下がって足を上げて宙に浮いてみた。球はびくともしなかった。球は地上1.5mくらいの位置でぴたりと止まっている。理由は全くわからない。なぜこんな現象が起こるのだろう。地球に何かが起こったのだろうか、それとも物理学が変節したのだろうか。

 風が吹いてきた。生温かい風だ。匂いもする。春先、木々の芽が一斉に吹き始めたような匂いだ。悪い匂いではない。だからといって好きでもない。もともと植物園だとか熱帯の植物を飾った温室は好きになったことはない。小学校の遠足で一度行ったことがあるが、その時は何も良い思い出はなかった。だからたぶん自分は植物の匂いや香りが好きじゃなかったのだ。

 浮いている球はコンクリートだとすると、水より軽い。どこかの国でコンクリートの漁船が大河にたくさん浮いていた。コンクリートは材料は安いし加工が容易だ。球体に水を掛けたりしたらどうだろう。バケツに水を入れて脚立に上って、球体の頭から水を掛けた。水は球体を垂れ、筋を作って下に流れた。予想通り水を弾いた。だが依然として球体は落ちもせず、もちろん余計に浮くこともなかった。

 球体はいったいいつから浮いているのだろう。わからない。しかしそれほど前ではないはずだ。だってコンクリートでできた球体が浮いているとは聞いたことがないからだ。確かに人も通らないし家は一軒も建っていない荒野だ。しかし球体が浮いていれば必ず誰か気付く。気づいて誰かがやって来る。だがその噂は聞いたことがない。だから誰もここに来たことがない。もしかしたら私が初めてかもしれない。それは名誉なことだと、一応は言うものの本当はそれほど感慨はない。

 浮いているものをもう一つ見つけた。厚みがある三角の立体だ。大きさは球体のサイズくらい。抱えたら抱えきれるサイズだ。そして球体と同じように地上1.5mほどのところで浮いている。同様に押しても引いても動かない。だが球体とは一つ異なっていることがある。そこには人がいた。三角の脇に番兵のように立ってこちらを見ている。よく見ると人でなく動物といったほうがいいだろう。彼は後ろ足二本で立っているのかと思ったら長い尻尾を地面に押し付けている。足よりも尻尾こそ彼を支えている。つまり3点で自らを支えまっすぐこちらに顔を向けている。眼は大きく丸く少し吊り上がり、鼻が尖っている。印象的なのは立ち上がって両手を前に下げていること。ちょうど日本人は昔こういう挨拶をしていた。この動物は知っている。ミーアキャットだ。ミーアキャットが一頭だけいる。彼は笑いもせず、楽しそうな顔をまるでせず用心深くじっと私を見ていた。

 なぜミーアキャットがいるのだろう。いやミーアキャットがいることが標準であって、いるのはおかしいと考えている私のほうがおかしいのかもしれない。大きな原則が壊れた世界かもれないし、本来あるべきでない不条理の世界かもしれない。考えてみればこの空はなんだかいつまでも曇っていて重たい。風も止むことなく吹き続けている。まるで止まないのだから人工の風ではないのか。そう思うくらい自然の風ではなかった。もしかしたら台地も人工ではないのか。だから球体も三角も人工の疑いが晴れない。

 気づいたら雨が降っていた。ミーアキャットはいなかった。なんだ、雨が降ると帰る番兵ではしょうがないじゃないかと思ったら後ろに多数の気配がした。ミーアキャットがたくさんいた。同じ目、同じ鼻の同じ顔のミーアキャットが何頭もいて私をじっと見ていた。相変わらず私には警戒心を持っている、極めて用心している。だからといってすぐに攻撃してくるという空気ではない。もともと凄い爪をもっているとか牙を持っているとかではない。彼らは体重だって人間の赤ん坊くらいしかないだろう。蹴散らそうと思えば訳はない。だが私はそんな狭量な人間ではない。常に幸せを求める。ミーアキャットにだって同様に求める。

 私は以前から、ミーアキャットと人間の関連性について考えていた。それは、彼らが二本足で立ち上がること、商家の女中、丁稚みたいに手を腿の前で揃えて立つこと、親和的な表情の陰に冷徹な計算高い意識も併せ持っていることから、彼らは人間なのではないかという疑いを持ってきた。もしかして遠い昔同一の祖先だったかもしれないし、それとも、それがこの頃であったとしても一つの魂が分化した間柄ではないのか。そう疑っている。

 魂が分化して人間と他の何かになったのではないかといわれている動物は他にもいる。クジラがそうでだし、チンパンジーなど霊長類だってそうだ、他にもいる。だからそう驚くことではない。ただその列にミーアキャットが加わったというだけだ。見れば見るほどそういう気がしてくる。なぜなら、いつまで見つめあっていても決して私への疑いと用心が消えないからだ。そう思えばミーアキャットがますます人間に思えてくる。実をいえば狭量で常に人を疑っているところなどまるで私だ。

 いつの間にか浮いている立体が増えていた。球に三角に加えて今度は四角だ。ほぼ立方体といっていいかもしれない。ちょうど一抱えのサイコロだ。私はそれぞれの面に一つから六つまでのへこみを付けて、そこに赤いインクを流し込んで正真正銘サイコロにしてしまいたいという衝動に駆られた。同時にわたしはそんなことは不可能な夢事だと気づいて自嘲した。

 すぐ後ろにミーアキャットが立っていた。親和的ながらも深奥では私を疑っている、そういう眼だ。
「私にどんな用があるのだろう」
 私はそう聞いたがミーアキャットに返事はなかった。わたしはもう一度中空を見た。浮いているのは球、三角、四角の三つ。変化はなかった。どんより曇った空、風が吹き続けている景色は変わらなかった。そういえば風は少し温度を下げたかもしれない。夜になってきているのかもしれなかった。もしかしたら作られた世界、張りぼてなのかと思ったが、太陽が上がって下りる通常の世界だったとしても、それはそれで理屈に合う世界だ。  

 私の頭上にあった球が落下した。突然だった。前触れなどまるでなかった。だから私が死ぬことに前段はなかった。突然死んだのだ。一抱えもある石の球が頭上に落下したのだからひとたまりもなかった。

 私は荒野に立っていた。二本足で両手を少し前に並べて下げ、昔の商家の使用人のような態勢で、ミーアキャットとして立って遠くを見つめていた。親和的ながら深奥では疑っている目は同じだった。だが私には仲間がいる。横を見ると仲間のミーアキャットが私を見た。賑やかに談笑したりすることはないのだが、仲間には親愛の感情しかなかった。互いにそういう眼をしていた。
 
 見ると人間がいた。人間は浮いている三角の石を不思議そうに触って撫でて、ぶら下がったりしていた。そして突然三角の石は落下した。ミーアキャットはその石の下に人間の死があるはずだとしても、そこへ行ってみようなどという気持ちは持たなかった。ただミーアキャットは、いったんは人に分化した魂が再び彼らの仲間として帰ってくることに密かな期待を寄せていた。
(了)







posted by 田畑稔 at 18:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする