2020年07月08日

「労働」作・田畑稔(no.0383.2020.07.09)

 労働が奨励された。いきなり国が労働を勧めた。しかし国民は労働の意味が分からなかった。政治家からしてわかってない。大臣、こんど労働が奨励されたそうですがと聞かれた大臣がついうっかり、それは新種のニワトリなのかと言ってしまった。大臣、それはロードアイランドレッドのことを言っているんだろうと間違いを指摘された。労働がなんであるか大臣が知らないのはまずくないですかと聞くと大臣、少しも悪びれずロードといったら道路と思うのは素人だ。ロードというのは神様という意味だと真顔で威張ったから、ロードでなく労働の意味を言ってみろと笑われた。

 労働って動物、または鳥の鳴き声みたいにも聞こえるからその類ではないかといったので、考えてみると最も似ていたのはドードーだった。ドードーといえば昔どこかの島にいて絶滅した鳥のことじゃないかといったら違う、ドードーではない労働だと修正された。だとするとあれだだろう、宮沢賢治の風の又三郎に出てくる掛け声みたいな呪文みたいなヤツだろという。じゃあ少し思い出してみるからと待たせたら思い出した。「どっどど どどうど どどうど どどう」というアレだ。どうだこれでこっちの勝ちだ思い知ったかと胸を張ったら違う、ちゃんと聞け、労働だと返された。最近空飛ぶやつでものすごく利用価値が高くて、映像を撮ったり物を運んだりプラス面もあるのだが、スパイしたり場合によっては兵器としても用いられる可能性が指摘されるアレだろ。それはなんだ言ってみろというとドローンだという。

 だからもう少し発音をよく聞いてくれ、労働だと。わからんな、ロードでもない、ドードーでもない。どっどど、どどうどでもない。分かったお堂だというから、それも違うと返された。似てるけど堂々ではないんだろ、鼓動でも行動でもない、お堂ではないと。ではいったいなんなのだ降参だ、教えてくれというと、だからさっきから何度も言っているじゃないか労働だと。それはどういう意味かと聞くと、わからないから聞いているんじゃないかと開き直る。

 労働という言葉は聞いたことがあることはある。どんな言葉から連想されるのかというと、仕事ではないのか。そうだ労働とは仕事だと。労働と仕事は連関している。逆さまに言うと関連がある。この推理は恐らくいいところ突いている。だからといってなかなか結論を導き出すことができない。労働って何だと大声でわめいてみるとその得体のしれないものの尻尾くらいは見えてくるかもしれない。大声がありなら泣きわめくもあるかもしれない。逆にけらけら笑うのもありかもしれない。そういうった人間の感情の発露と労働とはいったいどこまでの距離感でもって説明できるのかはわからないが、解明の糸口くらいにはなるかもしれない。

 古い辞書からようやく探してきた。やっぱり労働は仕事と関係があるようだ。しかし仕事なら仕事といえばいい。なぜ仕事を労働と言い換えなければならないのか。労働には仕事にはない意味もかぶせられているんだろう。だから言葉が違うのだ。同じ意味なら違う言葉にする必要がない。違う言葉、違う文字、違う綴りにこそ労働の意味を意味する核心があるのだろう。

「まず、労働という言葉は幸せなのかどうかということだ。幸福を連想できる言葉なのか、それとも反対に不幸の発見につながる言葉なのかと言うことだが?」
「長いこと使われていなかったということはネガティブな言葉なんじゃないかな。自分はそう思うよ」
「そうだな。ネガティブだから使われなかったと。それはあり得るな」
「反対に幸福をもたらす言葉だとの解釈だってあるんじゃないか? みんなが楽しくなって楽しすぎるから封印されちゃったと」
「誰に?」
「当時の権力者にだよ」
「当時の権力者って、人の気持ちまでコントロールしたりできるほどの権力者だったのかい?」
「そりゃできたさ、権力者が本当の権力者だった時代だ」

 権力者が本当に権力者だった時代と労働という単語は強く関係していたのではないだろうか。権力者が握って離さなかったもの、それが労働ではないのか。それはよほど権力者に都合のいいものだったのではないか。だから労働を所有していたこと、グリップしていて離さなかった。そしてそれを秘密にされた。人々の目の届かないところにしまっていた。だから労働という言葉は次第に忘れられていったと、こういうことではなかったのか。

「労働には軽い、重いがあるというのも特筆すべきことかもしれないね」
「労働というのは物理的に軽い、重いの計測ができるということなのかな」
「実際にどういうふうに、それぞれの軽さ重さを計測するんだろうね」

 一方で労働と健康を結びつける考え方がある。労働すればするほど健康になるという説が前提だ。これは労働の軽重というものとは異なるものだ。不思議なことに労働には軽い重いがあるが、労働には健康はあっても不健康がない。
「労働には健康があっても不健康はないというのが面白いね。労働は健康への一方通行なのだ。不思議だ。どうして逆方向はないのだろう」

 労働が持つ性質に最も興味深いものが見つかった。それはおカネだ。かつて労働とカネは結びついていたらしい。簡単にいえば労働をするとカネをもらえた。それはなぜだろう、労働というものの性質の一つだとしても、どうすればその性質を獲得できたのか、それともその性質を喪失するのはどういう場合なのかと疑問は残る。

「これはなんなの?」
 男の前に細長い柄の上に少し曲がった鉄の棒が付いていた。片方は細く尖がり、もう片方は平たく加工させてある。
「名前はツルハシという」
「ツルハシ? 何に使うもの?」
「工事現場で使っていた道具だ。こちらはスコップ。土や砂をしゃくる」
「しゃくるって?」
「説明が必要だな。しゃくるとは、物をすくい上げることだ」

 図が示された。二、三人で抱えるくらいの大きさのコンクリートの筒に何本もロープがついていて、三角に組んだ丸木の上の滑車を通したロープで引き上げては落とすという装置だ。
「これは何ですか?」
「ヨイトマケという」
「ヨイトマケ? 何をするものなんですか?」
「整地に使われたそうだ。これが労働なんだ。研究の結果、労働とはツルハシ、スコップ、ヨイトマケを使うものであり、これらを使う姿が労働ということがわかった」
「これら道具を労働と呼ぶのではなく、これらを使う姿を労働というものなんですね? だったらけっこう流行るかもしれませんね。こういう道具を使い、それで健康になりおカネになるというなら、飛びつく人は多いかもしれません」

 ツルハシ、スコップ、ヨイトマケが復活し、それらの使い道を習得した人々がそれを使い始め、新しいムーブメントが起こった。労働がブーム、労働がファッション、日常生活に労働が深く入り込んでいったとき、人々の脳裏にある言葉と感情が浮かんだ。
「労働組合とか、闘うとか、ストライキとかいう言葉がふと浮かんでくる」
「つまるところ労働者という言葉に集約されてくるんだが、労働者って何だろう」
「労働する人が労働者って意味なのかもしれないけど、どうもネガティブな感情が湧いてくるんだよね」 

 ここでもう一度歴史が紐解かれた。
「労働という言葉は意図的に封印されたね。かつては普通に使っていた言葉だった。だが封印された。あるいは思い出すとネガティブな感情がいっしょに引き出される。思い出さないように、思い出しても使わないようにと。たぶんそういうことだ」
「それはなぜなんだろうね」
「都合が悪いからでしょう」
「誰にとって都合が悪いの?」
「権力者だろうね、あるいは支配者かもしれない、時のね」 
 人々は思い出した。かつての感情、かつての思いが蘇った。いつの間にか人々は赤いハチマキを巻いて腕を組んで右、左に体をゆすりながら
歌を歌っていた。そして鬨の声をあげた。団結ガンバローと。
(了)















posted by 田畑稔 at 19:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月07日

「ドア」作・田畑稔(no.0382.2020.07.08)

 ドアがあってそれを引っ張ったが開かない。なんだこのドアは打ち付けてあるのかと周囲を見てみるが、ここにドアがなければならない必然性がない。ここでドアを開けたとして、いったいどこへ行くのかというとまったく思い当たる節がない。裏口なのか、関係者以外立ち入り禁止なのかというと、そうでもない。では聞いてみようと思って通りかかった人に尋ねたが、さあ何でしょう。あるいはこんなところにドアがあったなんて知りませんでしたと驚かれる。女性が通りかかって、ちょっとそこの方、このドアの意味を知りませんかと問うと、まさかドアを開けた途端押し込まれて乱暴するんじゃないんでしょうねなどと言われて、こちらが逃げる始末。

 まるでドアは打ち付けたみたいに開かなかった。本当にどうなってんのかと目を凝らしたが判然としない。片目を閉じてドアの隙間を睨んでみたのだが、まるで理由はわからない。ドアは動かない。だったらドアの形のオブジェなのかと思うと通りかかった人が、この間、誰か入っていくのを見たよなんて言う。ええ? それはいつですか? 入って行った人は男ですか、女ですかと聞くとそれは男だったと言った。

 つまらない質問ですが女の人はいないんでしょうかと聞くと、いるよとあっさり答えた。このドアを通る人は男よりむしろ女の方が多いと言う。何だろう、女性に人気のある職業なんだろうかと聞くと、最近はそうかもしれないなどという。じゃ、このドアの向こうで働く人たちはどんな職業の人なのかと聞くと、よく知らない。だから行ってみなさいよ、行けばわかるからと言って男は去った。

 行ってみなさいよといわれたって、いったいどうやってドアを開けたらいいのか、さっぱりわからない。押しても引いても叩いても開かない。蹴ってみたらどうなるかと思っても往来は意外とあるのでそこまではできない。だったら少し長い目で見ようと、ドアを遠目で見ることにした。だがさっきの男が言ったように入って行く人など現れない。どうしよう、他に手はあるのだろうかと思案していたとき新聞配達の若い男が鍵を回してドアを開けた。そしてすっと入って行った。ちょっと待ってよと男がドアノブに飛びついたら既に鍵が掛けられていた。でもまた帰ってくるだろう。粘り強く待とうと思った。

 案の定、新聞配達は出てきた。すっと体をすり抜けるように若い男が帰ってきた。私はドアノブに手をかけたが、既に鍵が掛けられていて開かなかった。男は新聞配達を追いかけた。 
「ねえ君、新聞配達の君」
 男が新聞配達の肩に手を置いた。
「新聞配達君。ちょっと待ってよ」
 新聞配達は振り返って言った。
「なんですか?」
「ねえ、君はこのドアを開けてどこに行ってるの?」
 新聞配達の若い男は言った。
「この中のことは、ほかの人に聞いてください。僕は新聞配っているだけですから」
「ほかの人って?」
 新聞配達の若い男は振り返り走り去った。ドアの向こうの様子を話せない事情でもあるのだろうか。それでも、ドアを開けるとドアの向こうにある特定の状況があることは間違いない。

 男が来てドアにキーを入れた。開けようとしているようだ。男は駆け寄り声をかけた。
「すいません。このドア開けられるんですか? この先に何があるんですか?」
 まるで駅員だった。グレーの上下にワイシャツ、ジャケットと同色のネクタイ。なにより帽子がそれを表していた。
「駅ですよ」
「駅?なんという駅ですか?」
「次の駅です」
「次の駅?ここはなんという駅ですか?」
「横浜駅です」
「横浜?」
「東急東横線・横浜駅です」

 駅員に指定された時刻に東横線・横浜駅のホームに立った。電車が到着した。乗客はほとんどいなかった。終電のはず、だから乗客は全部降ろされて車両の掃除を始めるのだろうと思ったが違う。わずかだが乗客は乗っている。しかも先頭車両の先に大きな空間が広がっていた。ちょうど昼間一生懸命開けようとしたり、新聞配達の若者が出入りした、その先の状況らしかった。車両を見るともっと驚いた。行き先表示版に懐かしい名前があった。東急東横線・桜木町であった。私は首をひねった。東横線の横浜から先は路線が変更になってなくなったはずだ。私は以前、この路線に乗っていた。東横線・横浜駅を過ぎると高島町、そして桜木町で終わった。

 電車が動き出した。電車はトンネルの中を走った。桜木町に行くとしたって地下鉄ではないのだからずっとトンネルということはないはずだ、だがトンネルのまま走り続けた。
 電車が止まった。終点、桜木町ですとのアナウンスだ。なくなったはずの東横線・桜木町駅だ。到着した電車から人が降りた。それはわずかだったが、駅は大勢の人が行きかっていた。

「すいません。ここは桜木町駅なんですか?」
 白いグローブでアタッシュケースを下げ、制服制帽の運転士らしい人物が言った。
「そうですよ」
「東横線・横浜駅から先のこの路線は廃止になったんじゃないんですか?」
「表向きは廃止されましたが、人気の路線ですからね。密かに残されました」
「公にされてませんよね」
「公にされてなくても、みんな知ってますから」

 振り返ると電車はいなくなっていた。線路を照らす明かりも消えていた。終電車が終わったのだからそうなるのかもしれない。駅構内を見ると歩く人はほとんどなかった。
「電車はもう終わりなんですか? 朝まで電車はないんですね?」
 ホウキとチリ取りを持っている男は答えた。
「終電が終わりましたから、そうですね」

 次々明かりが消え、非常灯だけになってしまった。人はもう誰もいなかった。男は明かりの消えた券売機を前にたたずんだ。音が聞こえてきた。大きな機械音だ。ホームからそれは聞こえた。男はホームに走った。頭と前方に明かりがあるから電車だ。電車がゆっくり走って来た。ホームに走ってきて止まった。この電車は見たことがある。線路を点検しながら走る電車だ。運転士が窓から顔を出し、下を見ながらゆっくり進んできた。
「すいません。この電車はまた降り返して横浜へ行くんですね?」
 男は点検車両の運転士に声をかけた。
「乗せていただけませんか。また横浜方面に戻りたいんです」
 作業服にヘルメット、安全靴の運転士が降りて後ろの運転席に乗り移った。車両は前後で対称の形をしていた。電車はユーターンできないのだから当然だ。運転士は何も答えず再び電車を動かし、ゆっくり進んで行った。

 とにかくここから出なければならない。男は無人の駅を走った。自動改札口があった、当然締まっていた。男は片手を付き自動改札口を飛び越えた。男は陸上のハードル経験者である。易かった。
 男は地下街を走っていた。店舗のシャッターは全て降ろされ、非常灯が点いているだけだった。とにかく地上へ出よう、それだけど思ってやみくもに走った。その時だった。屈強な腕が男の腕に絡んだ。右、左別々の太い腕だった。見上げると警備員が二人、私を押さえていた。
「どこから入ってきたんだ?」
 もう一人の警備員が言った。
「ちょっとガードを甘くすると、こうなっちゃうんだ」
 男は屈強な警備員につかまれたまま、地上に出た。
「あの、私は解放されたんですね。行っていいんですね?」
 二人の警備員は私を振り返ることなく、ああ、構わないよ、二度と来ちゃいけないよと言って去った。見回すと、高いビルもなく辺りは暗かった。街灯がポツンポツンとあるものの、それが白熱電球のように小さくて暗い。

 私はタクシーが来たので私は手を挙げた。ずいぶん古めかしいタクシーだと思った。
「渋谷まで頼む」
 運転手は訝った。
「渋谷って、東京の渋谷ですか?」
「そう、東京の渋谷」
「ちょと遠くないですかね」
「いいじゃないか、あんたらは稼ぎになるんだから。高速道路いけば30分だよ。深夜だし。距離が短いって文句言われたことがあるが、遠いって文句言われたの初めてだな」
 運転手は訝った。
「高速道路って何ですか? どこにそんな道路があるんですか? ここから渋谷行く道はありますが、デコボコの泥んこ道で、パンクもせず着いたとしても朝になっちゃいますよ。ちょっと勘弁願えませんか」

 男は聞いた。いま平成何年かと聞いた。タクシー運転手は答えた。お客さん、お札見せてくださいよと男が取り出した札を見た。ああやっぱりそうか、時々いるんですよ。桜木町からのお客を乗せると偽札を出されると、男は言った。偽札なんかじゃないよく見てくれと運転手に言うと、お客さんはそういうかもしれないが現にその札は使えないんだ、勘弁してくれといってタクシーは男を降ろして去った。茫然とした男の目に映画の看板が映った。「嵐を呼ぶ男」絶賛上映中とあった。
(了)
 






posted by 田畑稔 at 21:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月06日

「肉刺し」作・田畑稔(no.0381.2020.07.07)

 肉刺しってのが好きなんだ。反論はあるよ。意味もわかる。幾ら肉好きでも生で食べるなってね。肉先進国の欧米でも肉は生で食べない。邪道って扱いだよね。それはそうなんだけど、日本人は刺身食べるからなのかな。肉を刺身で食べるんだよね。でも刺身で食べる部分は決まってる。牛肉の霜降りでね、それもさらにサシが多いもの。サシは脂肪だね。6~7割がサシの肉、パッと見白く見えるよね。これなんだろうって思う。でもね、このサシが美味いんだよね。そう言ったら、通だねなんて言われる。通だなんて、そんなこと言われちゃ照れちゃうけど、でもそうなんだよね。肉刺しは通。しかもたっぷりのサシ入り。

 肉はなんでも食べるんだけど特に好きなのが、ちょっと変わってる肉。マトン、マトンはそう珍しくないか。それから馬、馬も東京下町に有名なお店があるから、珍しくないね。一般の食卓にはあまり上らないというだけだね。最近はジビエなんていう野生動物としてイノシシ、シカもいい。熊の手は高級珍味だ。北欧旅行したらレストランにトナカイがあった。美味いか美味くないかと聞かれれば、美味いよりはだいぶん距離がある。まあ珍味としてなら、食ってもいいと思う。

 肉刺し食べててわかるけど、日本人て肉食べてもやっぱり魚食べているんだよね。だから薬味を使う。それが結局ワサビだったり生姜だったりするが、きれいなサシの入った牛刺しに合うのはやっぱり生姜。生姜おろして、生姜の塊をサシでクイっとすくい上げて醤油をつけて食べちゃう。醤油ももちろん贅沢する。天然醸造醤油だ。天然醸造というものは自然の気候に左右されるんだけど、その左右する気候を読んで醤油を作る。気候は毎年違う。湿気が多かったり乾燥したり、いくら計算して仕込んでも毎年微妙に違う。でもその違い振りがまたあらたな発見を生むんだな。

 それでもやっぱり最も人気があるのは和牛の霜降りロース。これはね、結局はサシが多い肉が美味さを感じるというのもあるけど、見た目だよね。赤い肉、いや逆に白いサシに赤い肉が細かく振りかかっている、それが美味い。これが肉の美だよね。霜降り肉というのは日本人が作って日本にしか存在しない。日本の美だよね。

「よくこんな霜降り牛肉ができたもんだね」
「完璧だね。これほど完成度高い牛肉は見たことがない」
「味も言うことがない。まったく霜降り和牛だ」
「これ、いったい何でできてるの? 興味あるね」

 現在動物の肉は一切食べられていない。理由は二つあって、肉を食べるには家畜に穀物を食べさせなければならない。その家畜に食べさせている穀物は人間が食べる穀物より多い。結局人間より家畜のほうが穀物を食べている。家畜のために森林伐採して穀物を育てなければならない。だから森林保護のために穀物生産をやめなければならない。二つ目には、そもそも人間は肉を食べるのを止めようじゃないかということ。人間はいつから肉を食べているのか知らないが、現在の食いっぷりを見ていると、相当前から食べている。なんとか原人のころから食べている。肉食を遺伝子に組み込んいる。だから人間は肉を食べるんだが、肉を食べ始めて何百万年かたってついに、肉食やめようという思いに至った。

 ある時論文が発表され、人が肉食をするようになって攻撃的になった。考えればわかるが、肉食動物は草食動物より攻撃的だ。結局人が争ったり人を殺したり、大規模な戦争に発展したりするのは肉食のせいだという。だから肉食をやめようという運動が起こったが、同時に肉食を本能的にやめられない人のためにと穀物で肉を模した代替食品が開発された。簡単にいえば肉ではないが肉のように見せかけ、肉のような噛みごたえ、肉のような味の代替食品が、肉として発売された。これまで通り街角の肉屋に業者がやってきて肉を卸し、これまで通り販売する。

「ブタコマ300g、はいお待ちどう。奥さんは? 合いびき200g。はいよ、きょうはギョーザかな。そっちの奥さんは? お、霜降り。霜降り牛肉500g ありがとうございます。豪勢だね奥さん」
「霜降り牛肉といったって、ほんとは大豆とかそういうものでできてるんでしょ?」
「だから奥さん。それは言いっこなしよ。今はね、肉食は禁止されてる。だからメーカーの人が一生懸命開発してくれたんだ。模造品だけど肉と思わなくちゃ、われわれの方が」

 とはいいながらも、どこそこで肉食をしていたという噂や摘発は後を絶たなかった。しかも経済的に恵まれてる人、あるいは社会的に地位の高い人、有名タレント、俳優などが摘発される。摘発されても繰り返す人もいる。やはり人間から肉食を完全に取り除くことはできないのだろうかと思われた。

 料理屋で肉料理が並べられた。肉刺し、すき焼き、しゃぶしゃぶ、厚切りステーキ、薄切りの生姜焼、三枚肉のチャーシュー…。
「豪勢だね」
「召し上がってください」
「軟らかいし、舌触りがけっこういいよね」
「料理人の腕もいいんだろうが、これほど美味しい模造肉、原料はなんだろう。大豆かな」
「原料は、秘密です」
 料理人はいたずらっぽく笑った。
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか」
 料理人は言った。
「肉です。模造肉ではありません」
 客たちは驚いた。ちょっと待ってくれ、肉食は禁止されてるじゃないかと焦った。
「これは、違法ではありません。大丈夫です。実は前から言われていたんですけど、肉食が禁止っていわれてますが、肉食自体は禁止されてなくて、法律を読むと食べちゃいけない肉のリストがあります。それは食べちゃいけないということなんですが、ということはそれ以外はいいと解釈できるます」
「なるほど、それで?」
「食べちゃいけないリストには、ギュウ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、トリ、シカ、イノシシなど通常肉食してきた動物が載ってます。それ以外は食べていいということになってますが、だからといってライオンやトラ、ヒョウ、シロクマやパンダ食べる人はいません。保護動物ですからね。じゃあネズミやコウモリはいいのかというと、いいかもしれませんが普通食べませんよね。小さくて食べるとこありませんし、気持ち悪いですから。料理人だって調理しませんよ」
 客が言った。
「じゃあ、他に食えることが許されていて食える動物ってのがこれ? これはなんなの?」
「その前に、食した後の感想を聞かせてください」
 客たちは口々に良かったと感想を述べた。料理人は言った。料理関係者からは以前から言われていた。これを食することは可能なのかと。しかし理論上は可能だとわかってもそれを食べよう、食べさせて商売しようとする者は出てこなかった。だが、闇での肉食が次々摘発されるようになり、ついに最後の手段に出る人が現れた。堂々と食べるには憚られたが、法律上許されているのだからいいだろうと。どうですか? おいしいでしょう? 皆さんが召し上がってくれるなら、定番メニューとして出していきます。何の肉ですかって? 人です。人肉です。入手経路は問題ありません。違法な肉ではありません。国のお墨付きです。国の処理場から出荷された肉ですからどうぞご安心をと、料理人は胸を張った。
(了)



 




posted by 田畑稔 at 17:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする