2020年01月19日

「天気予報」作・田畑稔(no.0219.2020.01.27)

 史上最大級の台風がやって来た。マスコミは通常番組を全部押しのけて台風報道を続けていた。なにしろ史上最大級の台風が来る、風雨も強まり高潮も発生する、死者や行方不明者も十分に予想される、準備と対策を怠りなくと懸命に伝えた。
 だが人々が空を見上げると、天気は晴朗、風もなく陽はさんさんと降り注いでいた。野や山に昆虫や小動物は遊び、川に魚が泳ぎ、牛はよだれを垂らして欠伸をし豚は肥え太って眠る。そんな平和な風景が広がっていた。
「本当に台風が来るの?」
「天気予報ではそう言ってるね」
 テレビでは、刻々近づく台風を伝えていた。関東地方をすっぽりと包むくらいの大きな台風がもう間近だった。しかし、外を見ると、これ以上ない、つい眠ってしまうような初夏の陽気であった。
「台風の準備してる?」
「本当に来るの?」
「テレビでは言ってるよね」
 だが天気予報では史上最大級の台風襲来と報じ、市民は家屋敷、財産を守れ、命を守れと口角泡を飛ばした。だが町では一向にその気配はなかった。平和を絵に書いたような風景であった。
 町は台風の目に入ったのではないかと、人々は言った。台風の目に入ると、そこは風も雲もなく晴天であり台風を忘れると言う。むかし大きな台風の目に入り込んで台風は去ったと勘違いし出航した連絡船があった。連絡船はすぐに暴風圏に突入し、船は浸水し沈没した。この船は✖✖丸台風といい、その教訓から後の天気予報を発達させたと言われている。
「台風の目? そんなものはないな。周囲には何もない」
「遠くの山に傘がかれば雨が降るとかいうが、かかってない。連日晴天で雨の降る気配もない。もちろん台風の目なんかにないと思うよ」 
「どこの天気予報なんだと聞きたくなるね」
 あまりに天気予報と実際の気象状態と大きく違うのでテレビ局に問い合わせをした。だが、当方では台風報道をしたことはないと言った。いくつかあるテレビ局に問い合わせをしたのだが、台風報道をしているテレビ局はなかった。
「どこに問い合わせしても、台風報道をしているテレビ局はない」
「どこのテレビ局なんだ」
 天気予報では台風は上陸した。北✖西に進んでいるから、その方角に住む人は十分注意してくれと言っていた。天気図によると町は台風の方向にあり、そろそろ風雨が強まるころであった。
 天気予報の番組からテレビ局の電話番号がわかった。 
「テレビ局がわかった」
「どこの放送局?」
「✖✖S局だって書いてあったけど、電話しても通じないのよ。現在使われておりませんと出る」
 電話は通じないが、放送されていた番組のメールアドレスに送ると通じた。番組で放送された。台風が来ると言っているが、うちの町は好天続きであるというメールが届いたと。だが、放送されている通り台風は上陸した、勘違いではないかという内容であった。
「勘違いじゃないよ。だって晴れてるじゃないか」
 テレビではやっぱり、台風は上陸していた。暴風雨の映像が映し出された。乗用車が水没し流れた。だが町では依然として好天だった。
「ここはずっと晴れてるよな」
「そう、いったいいつから晴れてるんだっけ?」
「最近雨降ったのいつだったかというと…」
「覚えてないよ」
 町では雨が降ったことがなかった。
「気にしたことないから気づかなかったけど、雨も雪もアラレもヒョウも一切降ったことがないね」
 そういえば長いこと雨も雪も何も降ったことはなかったが、飲料水や田畑を育てるのに必要な水はあった。足りないということがなかったため降らないことに気づかなかったのだ。
 町の人は小川のせせらぎを眺めていた。清流の中にウグイが群れていた。釣れば食することもできる。
「きれいな小川よね」
「素晴らしい環境だと思うわ」
 軽飛行機が飛び上がった。町は緑に包まれ、澄んだ川と少しだけ道や建物が見えた。これほどの環境はない。町の人々は自分たちを誇った。ただ、疑問もあった。そういえば誰も雨の記憶がないがそれはおかしいじゃないかと、ようやく町の人は疑問に思い始めた。もちろんきっかけは天気予報だ。町は好天続きなのに天気予報では台風が報じられる。町と天気予報とではまるで正反対の天気、まったく別世界の様相を呈していたからだ。
 小型飛行機の先に異変があった。遠くから見ると町の空は続いていた。だが飛行を続けているとどうもおかしい。壁があった。壁はペイントされており、遠くから見ると青い空、白い雲、緑の山なのだが、傍にいくと壁なのだ。それもお世辞にも上手いとは言えない描かれた壁であった。
「この壁はなんだろう」
「まるでちゃちな舞台背景だな、いや銭湯壁画だ」
 銭湯壁画はどこまで続いているのかと調べた。壁画は閉じていた。要するに町は巨大なドームになっていて、町はドームの内側にあったのだ。
「ドームだから、天候の影響は受けなかったということか」
「天気予報が町の天気と無関係だったわけだ」
 町の人はドームで暮らしている自分たちの身の上を考えるようになった。
「われわれはいつからドームで暮らしているんだろう」 
「オレは少なくともここで生まれてここで暮らしているから、いままでドームが我々の世界だと思っていた」
 町の人は町の外へも行ってみたかった。誰もが外を経験していないからだ。だがドームから出ることはできなかった。出入口がないのだ。壁を破壊すればいいのかもしれないが、壁はどれほどの厚さがあるのかわからなかったし、第一壁を破壊する道具がなかった。今まで必要がなかったから、壁を壊すという発想がなかった。
「そういうものは必要がない、必要性を感じられないような町の仕組みになっているんだろうね」
「町って誰が造ったの?」
「わからない」
 ドームは意外と小さいことがわかった。壁画が広く感じさせたが小型飛行機で行くとわずかな時間で到達する。町の人は自分たちは思いのほか小さな空間で生きていたことに気づかされた。
「そうだ、テレビ局にメール送ってみようよ」
 天気予報と町の天気が食い違ったとき、テレビ局にメールを送ったことを思い出した。現在のところ外の世界と連絡する方法は他になかった。テレビ局にメールを打った。自分たちはドームに住んでいる、自然豊かな大地だと思っていたが、実は小さなドームにいた。だがドームから出る方法がない、助けてほしいという内容だった。そうして天気予報ニュースを見た。ドームの皆さんからメールが届いている、皆さんを助けたい、ドームとはどこにあるのかという返信だった。
「これは困ったな。ドームはどこにあるのか、オレは知らん。生まれてからドームから出たことがないんだ」
「ドームの外には、ドームがどこにあるか知られてないのか?」
「知られてないようだ。それどころか場所も、連絡先も全く分からない。誰も知らないのだ」
 テレビ局からメールが届いた。ドームの行方を探しているときに一つの有力情報に接した。特殊金属で造られたドームが見つかった。ドームは内部にそれらしい構造を持っていた。これまで言っていたドームかもしれなかった。だが一つだけ問題があった。ドームはものすごく小さかった。町の人はメールを受け取った。
「私たちのドームが小さいということは、そもそもわれわれが小さいということなのかな」
「信じたくないが、われわれは小さいかもしれない」
「どれくらい小さいのだろう」
「それは、ドーム一つがバスケットボールぐらいということらしい」
「バスケットボールとはどれほどの大きさなんだろう」
 だがドームにバスケットボールは存在していないので大きさはわからなかった。
 テレビ局はドームを見つけて穴を開け始めた。とても硬質な金属に穴を開ける作業が続き、しばらくしてドームに穴が開いた。テレビ局はその穴を観察した。なんらかの構造はあった。テレビ局は顕微鏡を持って来たがよくわからないので今度は光学顕微鏡を持って来てドームの内部を観察した。すると見えた。人がいた。手を振っていた。町の人は実は細菌と同程度のサイズしかなかった。だが彼らは自分たちを懸命に誇示した。テレビ局にとっても大変な発見だった。だがその時、光学顕微鏡をのぞいていたテレビ局員がクシャミをした。それだけなのだが、町の人々は全てどこかに消え去ってそれきりとなってしまった。そのとき慌てて研究者がやってきた。
「このドームに穴を開けたのか?」
「開けたけど」
「まずいよ開けちゃあ」
 研究者によるとドームは細菌の培養槽だった。細菌は乳酸菌に近いもので人体に無害ではあるが、開けちゃあ困るとしきりに言って怒っ た。
(了)


 
posted by 田畑稔 at 22:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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