2020年01月18日

「除夜の鐘」作・田畑稔(no.0218.2020.01.26)

 除夜の鐘が鳴っていた。
 どこか遠くから聞こえてきた。それは山奥からなのか町外れからなのかわからないが、とにかく除夜の鐘が聞こえた。人々は耳をそばだてた。人によっては北といい、ある人は南の方角から聞こえたと言った。だが結局どこから響いて来るのかわからなかった。方角は特定できなかったが、人々は懐かしい音に浸った。 
「お祖母ちゃん、あの音なに?」
「あなたは知らないわよね。除夜の鐘っていうの」
 もう何年になるだろう。除夜の鐘は年末の風物詩だったのだが、いつのころからか除夜の鐘は騒音であるとされた。その声は高まり、除夜の鐘は突くという行為自体疎まれ忌避され、ついには全国に幾つあるかわからない除夜の鐘が全部撤去された。それは数年の歳月を要した。
「除夜の鐘って、むかし日本中にあったのよ。でもねえ…」
「なくなったの?」
「取り払っちゃったのよ、全部」
「どうして?」
「うるさいから」
 子供が除夜の鐘を辞書で引いた。除夜の鐘は辞書にない。
「お祖母ちゃん。除夜の鐘って辞書にないよ」
 お祖母ちゃんはため息をついた。
「そうかい、辞書からも削除されちゃったのかい」
 除夜の鐘に反対する側の活動は徹底していた。除夜の鐘を取り払う、辞書から除夜の鐘を削除する、学校でも教えない、映画やドラマからも除夜の鐘を排除するなどした。除夜の鐘は鳴ってもいい、そういう文化があってもいいという声は少なからずあった。しかし除夜の鐘の音は騒音だ、聞きたくない者には聞かない権利がある、その権利が侵害されているという除夜の鐘反対派の声が強かったのだ。だがカネは年末にしか鳴らなかったので人々は次第に忘れた。
 しかし翌年、また除夜の鐘は聞こえた。
「また聞こえて来たわね、除夜の鐘が。聞こえた?」
「聞きえた」
「どこから聞えてくるんでしょうね」
「すぐ近くから」
 孫はすぐ近くから聞こえたと言ったが、近くの神社の鐘は全て取り外されておりどこにも鐘はなかった。除夜の鐘の音が聞こえたと、さまざまなところから問い合わせがあった。だが除夜の鐘反対派は、除夜の鐘がどこからか聞こえるという問い合わせ自体許せなかった。除夜の鐘というものはありません、何かの騒音が聞こえたのだといちいち言い直した。
 除夜の鐘の音を聞きたい、という小さな運動を続けていた団体があった。大それた政治的要求はなく、ただ除夜の鐘の音を以前のように聞きたいとしただけだったのだが、除夜の鐘反対派の標的になった。
「除夜の鐘を鳴らしたのはお前たちだろう」
「何もしていません」
「音が聞こえた。除夜の鐘の音は騒音防止条例違反だ。除夜の鐘という言葉も辞書にはない、学校教育でも否定されている。それを復活させようなどと考えているなら、とんでもないことだぞ」
 除夜の鐘が発見された。名前もほとんど知られていない地方の山間の町の外れにある寺に残っていた。マスコミは鐘発見と大きく伝えた。
「まだ鐘が残っていたのか」
「あまりにイナカで見落としたのかな」
 しかし鐘は釣り下がっていたものの突き棒はなく、相当長い間突き鳴らされた形跡はなかった。だから町で聞こえた除夜の鐘だとは特定できなかった。
「そもそもこんな山の中で鐘を突いたところで音が伝わるわけがない」
「でも都会に除夜の鐘なんかないしね」 
 除夜の鐘反対派は、これまでの方針をより先鋭化させた。ただ除夜の鐘に反対するだけでなく、除夜の鐘を鳴らした者、除夜の鐘を所有する者、除夜の鐘という語を使った者を処罰する法律制定に動いていた。だから除夜の鐘の音を聞きたい活動の運動員を執拗に監視し、追い詰めていた。
「なぜいつも後をつけるんですか。私たちがいったい何をしたというんですか」
「除夜の鐘を鳴らそうと運動しているじゃないか」
「それがいけないことなんですか。どうかしてますよ」
「除夜の鐘を鳴らしたり、所有したりする者は罰せられる」
「そんな法律はありません」
「もうすぐ法律は制定される。そうしたらお前らを刑務所にぶち込める」
 除夜の鐘反対派は別方向からも攻め立てた。
「除夜の鐘は108回突き、煩悩を払うというものです。これは仏教または仏教的行為であり特定の宗教行為であります。国は学校教育で特定の宗教を教えたり押し付けてはならないはずです。鐘は、思想的にも信条的にも未熟な子供の手のすぐ届く所にあったり、子供が除夜の鐘が聞こえる所にいてはいけないはずです。そもそも子供はどこにいようと除夜の鐘は聞こえてはならないはずです」
 確かに、国民には信教の自由がある反面、公は宗教色を遠ざけなければならないのはそうだろう。しかし、除夜の鐘の音を聞いたり、神社でおみくじを引くことが宗教行事だろうか。それは生活習慣や古来からある社会イベントの一つであると、そんな風にいえないだろうかという反論があったが、除夜の鐘反対派は頑なだった。
 除夜の鐘反対派の支援する議員の提出した除夜の鐘反対法は、国会で多数を取るだろうと言われていた。
「除夜の鐘反対法に違反すると懲役刑だって」
「懲役とは酷いね」
「酷いよ。もし除夜の鐘を鳴らしたら刑務所だっていうんだから」
「むかし、寺の境内に入って鐘を突いて怒られて逃げたっけ、それができないってことだね。もっとも鐘がないけどね」
 除夜の鐘反対法の賛成派議員に賄賂が渡っていたことが暴露された。反対派には打撃だったこともあるが、なぜおカネを払ってまで除夜の鐘を禁止したいのかと多くの国民に思わせた。
「鐘の音じゃないよね」
「鐘の音を含めて他人の信じる宗教を遠ざけたい。でも鐘の音は聞こえちゃうからね」
「耳をふさげばいいんだよ。一年に一度108回鳴るだけだよ。それくらいも耐えられないのかな」
 反対派議員に賄賂が渡っていたことは、除夜の鐘反対派に打撃になったことは確かだった。除夜の鐘反対法提出への積極的な動きは止まってしまった。反対に、除夜の鐘の音を聞きたいという社会運動は少しづつ勢力を伸ばしていた。そして除夜の鐘反対法提出が事実上とん挫したことも背景になった。
 除夜の鐘の音を聞きたいグループが除夜の鐘を購入しようとしていた。現在鐘はどこにもなかったが、まだ技術は残っており製造可能であることがわかり、発注がなされ公にされた。
 寺が放火された。本堂ではなく鐘が吊り下げられていた鐘堂であった。全焼した。鐘は何十年もの昔、除夜の鐘に反対する勢力によって取り外されていたが、その使わなくなった鐘堂が燃やされた。警察は放火と見ていた。
「鐘堂を吊り下げる予定だったんですか?」
「何十年ぶりかで鐘が吊り下げられる、その話題の鐘堂だったんです」
「反対勢力がいたって言いましたっけ?」
「そうです。除夜の鐘反対派です。鐘を鳴らすことも鐘そのものを所有することはおろか、除夜の鐘という言葉も使うことは認めないという勢力です」
 鐘は鋳造され、年の瀬に運び込まれた。大勢の人が鐘の吊り下げに協力した。除夜の鐘反対派が邪魔に入ることが心配されたが、何事もなく無事鐘は吊り下げられた。
「大晦日に107回、年が明けて1回突けばいいんだよね」
「たくさん来てるから一人は1回だぞ」
「こだわらなくていいよ。鐘は叩く人がいれば何回突いてもいいんだ」
 ついに、何十年ぶりかでこの国で除夜の鐘が突かれた。人々はその時思い出した。これまで遠くで聞こえていた除夜の鐘の音はこの音色だったのだ。除夜の鐘が懐かしくてたまらない人々は、鐘が出現する前に鐘の音を呼び込んでいたのだ。除夜の鐘の音は、除夜の鐘反対派も聞いていた。彼らも、心の奥底では除夜の鐘を待っていたのだ。
(了)

 
 
posted by 田畑稔 at 11:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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