2020年01月16日

「マジシャン」作・田畑稔(no.0216.2020.01.24)

 デパートのコーナーでマジックのネタを売っているマジシャンがいた。小柄で丸眼鏡、人懐っこい顔を向けでマジックを披露していた。注目する客がいるかどうかは関係なかった。デパートのフロアマネジャーの言いつけだった。いつもマジックをやり続けろ、そういう達しなので男は達しを守り、のべつマジックを続けていた。
 最近ではテレビでネタバレと称して、マジックのタネ明かしをすることがよくある。デパートでも、あの手品知ってるなどと言って通る子供もいる。だからといって男はすねたりはしない、世間ではもうネタバレされちゃったマジックでもそれを鮮やかに披露して、マジックはエンターテインメントだと知ってもらうこと、それこそマジシャンだと男はそこにやり甲斐を見ていた。 
「僕、あれ知ってるよ」
 母親と連れ立って来ていた少年がマジシャンの前で止まった。マジシャンはちょうど三つのカップにコインを移動するというマジックを披露していた。
「カップに入ったように見せて、ほんとは入ってない。手の平に入っているんだよね」
 マジシャンは少年を笑顔で見つめ、テーブルにカップを三つ並べた。どのカップも空だ。マジシャンは少年に、コインは絶対触らないからどのカップでも好きなカップにコインを入れてよいと言った。マジシャンは後ろを向いた。少年はコインに印をつけてカップに入れ、伏せられたまま何度も回した。
「いいよ」
 マジシャンは振り返って言った。
「コインは空中を飛んで行ってしまいました」
 マジシャンはカップを端から開けた。マジシャンが端のカップを開けたがコインはなかった。ではこちらかといい隣のカップを指して開けた。ここにもコインはなかった。それでは残ったカップかなと言い、カップを開けたがコインはなかった。どのカップにも入っていなかった。
「あれ?」
 少年は首を傾げた。確かに入れたはずのコインはどのカップにも入っていなかった。マジシャンはカップにもコインにも触っていない。マジシャンは両手の平を見せて微笑んだ。そして、上着のポケットに手を入れコインを取り出した。少年はコインを何度も見直した。自分が印しを付けたコインだった。少年は口を尖らせて腕組みし、首をひねった。母親が拍手した。
「すごい、どこかのカップに入っていると思ってたけど、なかったわ。すごいわ」
 母親は言った。
「ごめんなさいね。マジック買ってあげたいけど、あたしたちに余裕のおカネはないの」
 母親の身なりを見るとそれはわかった。
「いいんですよ、気にしないでください。それでは別のマジックをお見せします。上手くお手伝いしていただければ、商品が出ます」
 母親は、商品だって何かしらと少年と手をつないで見ていた。
 マジシャンは枯葉を何枚か出し、そのうちの一枚を選べと言った。少年が選ぶとその枯葉を写真立てのような片側だけ透明のケースを取り出し、枯葉を入れ裏返しにした。そしてワン、ツー、スリーという掛け声をかけて裏を返すと写真立ての中の枯葉は1000円札になっていた。わあすごいと母親と少年が喜んだ。そしてもう一度ワン、ツー、スリーの掛け声で写真立ての裏を返すと中身は一万円札になった。母親と少年は歓声と拍手を送った。
「え?」
 マジシャンは少年に一万円札の入った写真立てを渡した。
「いいのよ、もらっておきなさい。どうせおもちゃのお札でしょう」
 母親はマジシャンに感謝を言って帰った。
 マジシャンのところに2人の男がやってきた。ただの買い物客でなかった。人相は見るからに悪い。
「お兄さん、上手いじゃないか。オレにも教えてくれないか」
「さっき、葉っぱを変えたお札は本物だろ?」
 マジシャンは目を伏せて何も答えなかった。
「貧乏な親子だから、恵んでやったのか?」
「それとも、葉っぱを札に変える魔法がほんとにあったりして」
 マジシャンが住んでいたアパートに来客があった。デパートに来ていた人相の悪い2人だった。
「悪いね、来ちゃったよ」
「後を付けてきたみたいだが、付けて来たんだよ」
 マジシャンがドアを閉めようとしたが、人相の悪い男は足をドアに入れてドアが閉まるのを阻止した。
「用は一つだけだ。葉っぱを万札に変える方法を教えてくれよ。それだけでいいんだ」
 マジシャンは後ずさりして部屋に逃げた。男たちは靴も脱がずに追いかけてきた。
「面倒かけたくないから優しく言ってんだ」
 男たちが向かってきたのを見るとマジシャンは男たちをじっと見つめて、そしてポケットに手を入れた。男たちはマジシャンの腕をつかんだとき、コロンとコインがフロアに落ちた。マジシャンは消えた。
「マジシャンの男の方はいなくなったんですか?」
 母と少年とでマジックの実演販売をしていたマジシャンを探していた。デパートの担当者は、マジシャンは突然いなくなったと言った。
「もう来ないんですか?」
 いつ来るかは全く不明だ、マジシャンから買わなきゃいけないものがあるかと担当者は聞いた。母親は実はねと話し始めた。以前ここのフロアを通りかかったとき、マジシャンが枯葉をお札に変えるというマジックをやっていた。そしてうちの子供が選んだ葉っぱを1000円札、そして一万円札に変えた。だが母親は、あたしはオモチャのお札だと思ったからもらって帰った。しかしその後、お札はどう見ても真札だということが分かった。だったらいただくわけにはいかない、それで返しに来たんだと言った。
「お母さん」
 マジシャンのアパートにまで押しかけて、マジシャンにお札のマジックのタネを教えろと迫った男たちだった。
「はい、何でしょう」
「ここにいたマジシャンのことだろ? オレ知ってるからさ、今度会った時に渡しておいてやるよ」
 母親は、男たちのうさん臭さはすぐにわかった。だが、マジシャンのカネを持っているのも嫌だった。早く返したかったのだ。
「ほんとにあのマジシャンさんに渡してくれるの?」
「くれるくれる。ちゃんと渡すよ、間違いないよ」
 ためらったが、母親は1万円札の入った写真立てを取り出した。その時だった。コインがカランとどこからともなく出て来て、床に転がった。コインには動物のタヌキが印されていた。そのとき、ふと母親の気が変わった。
「やっぱりやめときます。あたしがマジシャンに会ったら返します」
 男たちは、ものすごく怖い顔をしていた。しかし母親は子供の手を引いて帰った。あの女、という男たちの声が聞こえた。
 子供が聞いた。
「ママ、おカネ返さなかったの?」
「そうよ。返さなかったわ。コインが落ちてきたとき、何かそういう気がしたのよ」
 母親はタヌキの横顔が彫ってあるコインを見せた。
 結局、マジシャンは姿を見せなかった。母親は一万円札を持ったままだった。たまにデパートのオモチャ売り場を訪れてマジシャンのことを聞いてみたが、マジシャンに会ったとか見たとかいう者はいなかった。
「あら、コインが…」
 カチャカチャっと音がしたと思ったら、母親のポケットにコインが数枚入っていた。コイン一枚ならわかるが、数枚がポケットに入っていた。母親は不思議に思った。子供を呼んでコインをポケットに入れたかと聞いたが、知らないと言う。
「なんなのかしらねえ…」
 子供が大きな声で言ってきて、指さした。
「ママ、マジシャンのおじさん」
 デパートでマジックのタネを実演販売をしていたマジシャンがいた。マジシャンは何も言わなかったが、明るい笑みを浮かべていた。
「あら、これはしばらく」
 子供はおじさんこんにちわと頭を下げた。母親は思い出した。
「おカネ、返さなくちゃ。このあいだの1万円、返します。もらう義理のないおカネですから、返します」
 母親が1万円札を差し出した。だがマジシャンは何も言わず微笑むだけで1マン円札は受け取らなかった。代わりに差し出した手にはコインがたくさん乗っていた。よく見るとコインではなく100円玉だった。母親はその時気づいた。マジシャンの尻から太い尻尾が延びていたのだ。
「コインのタヌキって、マジシャンさんだったの? いやタヌキがマジシャンでコインで…」
「え、なにママ。なんなの? タヌキ?」
 子供が聞いたが、母親は少々頭が混乱してうまく答えられなかった。
(了)



posted by 田畑稔 at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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