2020年01月14日

「プレゼン」作・田畑稔(no.0214.2020.01.22)

 研修会が始まっていた。
 テーマはプレゼン。プレゼンテーションである。なぜこういうテーマが選ばれたかというと、プレゼンの意味がわからなかったからだ。なんとなく聞いたことはあっても、それがいったい何であるのかが今一つ不明だ。それもそのはずである。定年後の、または高齢者の再雇用の促進とかで65歳を超えた社員が、それも新入社員という形で職場に入ってきた。いったんは定年を迎えた人が国の政策もあって、もう一回鞭を入れられて会社に戻ったのである。
 大概は元いた職場と近似の職場に加わったのだが、なにしろいったん定年を迎えた男というのは明らかに知能が低下している。低下するのはやる気がないからである。原因はやる気の減衰だった。だから古いことでも忘れてきているのに、新しいことは余計に覚えられるはずがなかった。そして今どきやたらと横文字を使うと、嘆くことしきりだ。
「プレゼンて?」
「ぜんぜんわかんない」
「日本語で言ってよ」
 プレゼン研修は、営業を選んだ前期高齢社員への研修で出てきた言葉、それはそもそも何? という疑問から始まっていた。プレゼンテーションとはそもそも前に送り出すという語源から来ている、プレゼントと同じ言葉だと講師が説明しても、前期高齢者は欠伸をするだけだった。それでも一部勘の好い者は、贈り物ってことかと問うたことは救いだった。
「そうです。あなたの欲しい物を提示してあげる、そういうことです」
 前期高齢者の研修はなんとか終わった。講習の中身は理解していたかどうかは怪しかいが、それぞれの役割において、それぞれ前期高齢者がそれなりのやる気を出してくれたことだけは確かだった。
「プレゼンだかなんだか知らないが、ようするに売りゃあいいんだろ。売るさ、任しとけ」
 根性とやる気さえあれば、という昭和の営業マンらしい覚悟だった。
「根性とやる気さえあれば営業できると考えるのが、ぜんぜん甘いよ」
「どこが違うと言うんだ。ものごと結局は根性とやる気じゃないのか」
「だからそれがもう通じる時代じゃないんだよ」
 思わずつかみ合いになってしまう前期高齢者たちであった。
 さっそく成果を挙げた者もいた。スズキだった。彼はかつて食品会社のセールスマンであったことからラーメン店を周り、製麺会社の麺を売り込んだ。そういう場合、既存の店は既にどこかの製麺会社と製造販売のルートが出来上がっており、割り込む余地はないのが普通だ。だがスズキは、既存の製麺会社を押しのけてラーメン屋と契約を結ぶことに成功した。
「本当かよ、スズキさん」
「普通はあり得ないことだよ」
 新規顧客を獲得するなら、最低でも一定期間は赤字覚悟で大幅値下げは必須である。だから、次に元の価格に戻すタイミングが難しい。顧客としては値下げのままでいてほしいが、戻せなければこちらがやっていけない。ところがスズキは最初から通常価格で契約を取ったと言うのだ。
「すごいね」
「どうすればそんなことができるのかなあ」
「営業の鏡だね」
 スズキははにかんでいた。元来派手な男ではなさそうだった。小太りで腹は出ているものの小柄。声が大きいわけでもないし、態度が大きいわけでもない。つまり押し出しの利くタイプではない。だから本来なら営業に向かないタイプだった。
「しかし、人は見かけによらない」
「ああいうクソマジメなタイプが逆にいいのかもね」
 新規の契約を取って来たのはまだスズキ一人だったが、スズキはまた契約を取ってきたのだ。今度も同じだった。既存のラーメン店でしかも支店が二店あり、本店支店丸ごと契約をとってきたのだった。仲間は口をあんぐりと開けてしまった。
「本支店丸ごと契約を取ったって? すごいね」
「いったいどうやるのか、教えてもらいたいよ」
 早くもスズキを課長くらいに昇進させようという話になってきていた。
「報奨金だってけっこうだろう?」
「既存の契約を押しのけて獲得したんだから、大きいよ」
 スズキに良くない噂が流れてきた。契約をとったはずのラーメン店から電話があった。月末請求書が届いたが、払わなくていいんだろうと言ってきたのだ。だって、スズキという営業マンが今月はタダでいいからと言った、だから契約したんだと。二度目の契約をした本支店のあるラーメン店も同じだった。スズキが今月はタダでいいと言うから契約したのになぜ請求書が来るんだと、ものすごい剣幕で怒ってきたのだ。すぐにスズキを呼んで来いということになったが、既にスズキはいなくなっていた。
「契約したと見せかけて、自腹だったんだな」
「かもなあ、それはいけないよな」
 営業の世界でダンピングは付き物だ。だがタダはない。買う方はタダなら買う。それは間違いない。しかしそれは販売ではない、サービスだ。それが一か月の限定だとしても、そもそも製造現場で働く人たちに失礼だ。いい物を作ってもらって、それなりの報酬を与える。それで世の中は成り立つのだ。スズキは製造現場の者たちにも怒りの渦を巻き起こした。だからスズキが会社にいられないのも不思議でなかった。 
 再び営業マン研修が開かれていた。スズキの問題があって、もう一度営業と営業のスキルを向上させようという趣旨であった。
「プレゼンとは何か。皆さまは研修したでしょうが、今一度プレゼン、プレゼンテーションとは何かを理解していただきましょう」
 外部講師を招いて始まった研修は、営業とプレゼンの意味が再説明された。
「営業とはどちらが勝ってどちらが負けるという問題でなく、どちらも勝つ、ウインウインでなければなりません」
 そんなこと前期高齢者のオレたちでも知ってるよと、参加者の欠伸を誘った。
「あれ? あの男、スズキさんじゃない?」
 仲間が見つけた。講習に現れたのは、営業獲得したかのように見られたが実はタダ営業が発見され、会社にいられなくなったスズキだった。講習が終わり、集まった営業マンがスズキさんだろと集まった。
「どうしたのかと思ったよ。いきなりいなくなっちゃうからさ」
 ごめんごめんとスズキは手を挙げて謝った。ちょっとやり過ぎちゃったと照れた。現在は失敗営業の経験を生かして、前期高齢者向けの営業セミナーを開いているというのだ。みんなに会えたのも何かの機会だ、飲みに行こう、奢るよとスズキは誘ってくれた。
「スズキさん、失敗した営業をやめて、逆に稼いでいるんだって?」
 スズキは言った。
「以前よりは収入は増えたね」
 前期高齢者たちから嘆声があがった。
「嫁さんもらったんだ」
 ええ? という驚きの声が上がった。
「スズキさん、独身だったっけ?」
「実はいままで独身だったんだけど、この度ね…」
 年齢はという問いにスズキは30代と答えた。しかも、呼んだからみんなで飲もう、そう言ったのだ。若い女性がやって来た。前期高齢者とすれば子供のような女性だった。見るからにブランドのドレス、バッグ、指輪、ネックレス、美容院で整えられたヘアーと化粧に固められていた。 
「そんなに驚かないでくれよ」
「そりゃないよ、スズキさん。前期高齢者のオレたちがなんでそんな若い嫁さんもらえるんだ」
 スズキは言った。
「そんなことより、儲け話には乗らないぞという人も多いかもしれないが、実際人が足りてないんだ」
 スズキが言うには、営業マンセミナーを開講して受講生も集まり、あちこちから招へいされている。皆さんにその気があるなら、セミナー支部を開設していただきたい。支部のノウハウや準備に必要なものは全て用意するから、あとは皆さんの経験を話してくれればいい。支部と講師の認定料と開店準備金10万円だけでいい。あとはセミナーの収益が全て手に入るとのことだった。
「無理にとはぜんぜん言わないよ。いま彼女の友達関係にも当たっているんだ。できれば、でいいんだから」
 前期高齢者たちは互いに見合った。お前、どうする? そんな目配せだった。結局、スズキに賛同した者はなかった。スズキは約束だからと会費全額支払うとしたのだが、前期高齢者たちはそれを全力で阻止した。
「スズキさん、いいから。みんな飲んだ分は払うから」
 スズキが取り出した財布に一万円札が束になって入っていた。前期高齢者たちの中には、スズキがこれ見よがしに財布を見せたようにも感じた。だから少々不安を覚えた。
 それからしばらくして、営業セミナー開設し、起業は順調だったように見えたスズキが亡くなったという連絡が入った。自殺だった。夫人と一緒に川に飛び込んだのだが、亡くなったのはスズキだけだった。夫人は警察の聴取に対して、セミナー開設したもののそれは上手くいかず、逆に借金を作ってしまい、正直なところ一万円札と一万円札の間に新聞紙を挟んで見せびらかした。しかしセミナーに付いてくるものはいなかったと。
「あの時、じゃあ払ってくれとスズキさんに言っていたらどうなってたかな」
「そういう意地悪は言いっこなしだよ」
 前期高齢者の営業マンが言った。
「でも結局、プレゼンが長けていたのは、若いスズキ夫人かな」
「ドレスも宝石も手に入れたし、加齢臭くさいオヤジもいなくなったんだから、そうかもね」
 前期高齢者によるプレゼンは、自らセミナーを開設できるまで経験を重ねていっていっていたが、目だった成果はなかった。
(了)


 
posted by 田畑稔 at 14:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください