2019年11月28日

「ロッキングチェア」作・田畑稔(no.0167.2019.12.06)

 男はまどろんでいた。
 秋の日差しはもはや強くなく、気温も風も中庸でしかも昼食のあとなら無理もなかった。男はベランダに出てロッキングチェアに場所を取り、幸せな顔をして浅い眠りを迎えていた。
 男はついに理想を手にしたのである。男の理想とは、仕事を総て終えそしてリタイアし、木々に囲まれた西洋風の住宅を構え午後のまどろみを過ごすことであった。そして必要な小物として、鳥打帽とパイプはリタイアした男にとって必須であった。そしてパイプをくわえる口元の白く枯れたヒゲであったり、オーバーオールのジーンズであったりを付け加えた。もちろん、午後のティーも必要だった。これで必要なものはそろった。あとは時たま知人が訪れたり、一緒に食事をし、お茶を飲んでくれればいいのだ。文句のつけようのない理想のリタイア生活であった。
 知人の女性がやってきた。女性は一回りくらい年下の未亡人だった。未亡人になった理由は知らない。だが女は胸も腰つきも肉付きがよく実に魅力的であり、男は女を密かに気に入っていた。彼女も男のことをまんざらでもなさそうなのだ。年上の少し老境に入った男が好みだったのかもしれない。それともこの男そのものが好きだったのかもしれない。
 男は目を覚ました。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」
 男はロッキングチェアから体を起こした。
「なんのなんの。来てくれてうれしいよ。何か用かな」
「四葉のクローバーを見つけたんです。珍しいなと思いまして」
 丁寧に植木鉢に植えられた四葉のクローバーだった。
「ありがとう。うれしいよ。この年になると、小さな幸せってものにエラく感じ入るんだよね」
「それはよかったわ。晩ご飯の予定はあるかしら」
「まだ、だけど」
「ちょっと考えがあるんです。楽しみにしていてくださいね」
「それはうれしいね」
 彼女が晩ご飯の準備をしてくれるらしい。今夜は格別楽しい夜になりそうだと男は思った。
 女が帰ると、屈強な男がやってきた。屈強な男は木こりである。木こりだから屈強な体になったかもしれないが、胸から肩、二の腕のあたりの筋肉が素晴らしい。
「きょうは何かね?」
 屈強な男は言った。
「探していた栗の木が見つかりました」
「おお、そうか! ありがたい。船は作ってもらえるのかな?」
「船大工がいますので、作ります。待っていてください」
 男は湖に浮かべるボートを造りたくて、ボートに適した硬い木材を探していた。木こりの男に話をしたら、栗の木がいいが少ないので見つかったらお知らせしますと言ってくれていた。もちろんそれは第一の理由だったが、男は知っていたのだ。木こりの男は未亡人に心を寄せていた。だから男は純粋に二人は結ばれないかと考えていた。そのためなら少し骨を折ろうじゃないか。もはや自分のことでなく他人の幸せを願う、そういう境地に達していたことに男は悦に入ってた。自分は幸せを運ぶキューピットだ。それを全部ひっくるめて幸せというのだろう。黄色くなってきたイチョウの葉からこぼれる日差しに限りない幸せを感じていた。
 警察官がやってきた。
「大事なお話があります」
「何かね?」
 警察官は、男に窃盗容疑がかけられていると言った。
「何かの間違いだ。私は窃盗をなんてしない、考えたこともない」
「目撃者がいるんですよ」
 男は強く否定した。
「誰が見たというんだね。そいつをここに連れて来てくれ、私の窃盗を見たという人間を」
 警察官は言った。
「いい家じゃないですか。まだ建てて間もないんでしょう?」
「ああ、そうだ。私の終の棲家だ。何年もかかって建てた自慢の家だ」
「だから、正直に言えばこの家に住み続けられますよ。寛大な処置をお願いできます」
 男は強く否定した。
「正直に言うも何もない。窃盗なんてやってない。絶対にやってないんだから」
 警察官は一息ついて、諭すように言った。
「あなたは高齢だし、社会への貢献もなさって来た。そのあなたに手錠を掛けたくはないんです」
「何度言われても同じだ。私は窃盗なんかしていない」
「では証人をお呼びします」
 現れたのは、男のお気に入りの未亡人だった。
「窃盗はいけないことよ。警察官の言う通りになさってください」
 男は言った。
「何をいうか、私は窃盗なんかしていない。いい加減なことをいうな」
 次に現れたのは屈強な木こりの男だった。
「私は何もしていないよな。湖を走るボートを注文しただけだ。なあそうだろ、証言してくれよ」
 屈強な男の顔は曇った。
「警察官の指示に従うべきです」
「お前も、私が窃盗をしたというのか」
 警察官は言った。
「わかりましたか? あなたの罪は明白です。従ってください」
 男は両手で頭を抱えていた。顔面は蒼白だった。警官が男の手を引こうとしたとき、男は警察官の腰のホルダーから拳銃を抜き取り警官の頭目掛けて引き金を引いた。数発は撃っただろうか。警察官はもんどり打って倒れ、それきり動かなかった。男は自分のやったことが理解できているのかいないのかわからなかった。ただ虚ろな目をしていた。もしかして眠っていたのかもしれない。ロッキングチェアに座ったまま、木洩れ日を浴びて、薄い呼吸を続けていた。それだけだった。
 未亡人の女がやってきて言った。
「どうしてもこういう結末になっちゃうのよね」
 木こりの男が言った。
「これでまた、元に帰る。どうしても自分が窃盗をしたことを認められない」
「認められないのよ。誰でも自分が生きた人生を肯定したいものよ」
「やり直しか。辛いが、仕方がないね」
 男は、無限のループにはまり込んでいたのだ。そこから脱出するには、違う結末を迎えること以外ない。だが男はまた同じ因縁のループに戻ることを選んだ。男はロッキングチェアに沈んでオーバーオールのジーンズに鳥打帽、白い髭を蓄え口元に葉巻をくわえ微睡んでいた。男が体を起こすと、魅力的な体形をした女が言った。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」
 男はロッキングチェアから体を起こした。
「なんのなんの。来てくれてうれしいよ。何か用かな」
「四葉のクローバーを見つけたんです。珍しいなと思いまして」
 男のいつもの日常がいつものように始まっていた。
(了)



posted by 田畑稔 at 17:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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