2019年11月27日

「からくり人形」作・田畑稔(no.0165.2019.12.04)

 からくり人形が歩いて来た。
 お盆にお茶を載せている。ちょうど廊下の角に来るとくるっと方向転換し再び進む。そして目的地、お客の前に進むと止まる。お客はそのお茶を受け取るとからくり人形は帰っていく。見物客から拍手が起こった。きょうはからくり人形を見る会が屋敷で行われていた。暇な旦那衆が集まっていた。
「これが噂に聞く、からくり人形か」
「見事なもんだね」
「これで電気もモーターも使ってないんだろ?」
「なのにこれだけち密に動けるとはね」
 暇な旦那衆には受けはよかった。
「人形はおかっぱ頭の女の子と相場が決まってるんだね」
「目がいいよ、澄んでて。怖いくらいだよ」
「夜中に一人で会ったら、怖いよ。間違いない」
 からくり人形は、実は内部の構造を見たものがない。
「誰も中身を知らない? じゃ、中身は人間かもしれないじゃないか」
「まさか」
 旦那衆は笑った。だったら、一度見てみればいいじゃないかと言うのだが、誰も自分は忙しいからお前がやってくれなどと逃げる。暇だからここに参集しているというのにである。
「番茶でございます」
 着物を着た家人の女がお盆でお茶を運んだ。
「そうか、からくり人形は一度に運べるのは一杯だもんな」
「おい奥さん」
 お茶を運んできた女が答えた。
「私は女中です。はい、なんでしょう」
「きれいだから奥さんかと思った。からくり人形の中身は、ほんとに機械かい?」
「どうしてですか?」
「小さい人間が入っているんじゃないかと思ってね」
 女中は口元に手を当てて少し笑った。屋敷の夜は当然のことながら宴会になった。酒に肴に大いに盛り上がる。お茶汲みをしていた女中は今度は酌婦としてあつらえられる。羽目を外す者も出てくる。
「女中さん、こっちお酒ないよ」
 はいただいまと、お勝手に銚子を片付けようとした女中の腕をつかんで、押し倒そうとする旦那がいた。
「おやめください!」
 女中は旦那を押しのけた。女中の意外なほどの力に旦那は尻もちをついた。旦那衆は女中に跳ね返されるとは情けないと笑った。
 客が帰途に就いて屋敷は静かになった。明かりは消され、家人はみな床に就いて野良犬がひとつ遠吠えを聞かせたと思ったら、来客していた旦那の家の書生がやって来た。旦那が帰ってこないがどうしたのかと言ってきたのだ。寝間着姿の女中が応ずるが、要領を得ない。旦那衆はみな帰ったと、いかにも迷惑顔だ。しかし、玄関の隅にしまわれていた雪駄を書生が見つけた。
「雪駄がここにあるということは、まだ屋敷にいるということではありませんか?」
 だが、女中が寝ぼけ眼で屋敷を見回しても旦那はいなかった。
「いないわけはありません。雪駄があるんだから」
「じゃ、上がって勝手に調べてください」
 書生がくまなく調べまわったら、わかった。旦那は、庭の大きな石の陰で倒れていたのだ。死んでいた。警察がやってきて、殺人事件の捜査が始まった。
「喉を掻き切られている」
「こんな田舎町で殺しとはね」
 昨日、被害者を最後に見たのはどのあたりか、それは何時ごろだったか。昨日屋敷のからくり人形披露に参集していた旦那衆や女中に聞き取り調査が行われた。被害者は最後か、その近くまで屋敷に残っていたことはわかった。
「あたしは、晩ご飯のあと片付けをやりました。もうほどんど帰られましたよ、旦那衆。不審な動きですか? さあ…」
 女中に気づいたことはなかった。
「外部から賊が入った形跡はありませんね」
「かといって、内部の犯行らしき形跡もない」
 屋敷の内部では噂が立っていた。
「からくり人形の呪いだというんです」
「呪い?」
「そもそも事件の日に屋敷に人が集まったのは、からくり人形の披露だったということです。からくり人形は江戸時代からある由緒正しいもので、内部のからくりを誰も見たことがない。本当は人が入っている。そのからくり人形が被害者の喉を描き切ったんだろうと」
「ばかばかしい」
 だが若い刑事は半ば信じているようなのだ。
「でも、からくり人形が夜勝手に廊下を歩いていたり、じっと見てると笑ったりするということは女中たちは見ているらしいです」
「だからといって、大の男の喉を搔き切れるか? ホラー映画の見過ぎだよ」
 深夜、刑事が張り込みにやってきた。しかもからくり人形がしまわれている部屋にだった。
「警部も、やっぱり来たんですね?」
 警部も姿を現した。
「まあ、いちおうな」
 刑事たちは黙っていても動くといわれている、からくり人形をまず見たかったのだ。からくり人形は、和室の床の間に飾られていた。刑事たちは部屋の隅から床の間を見ていた。何も動きがないなと思ったその時だった。からくり人形の顔が引きつったような気がした。手足の動きはなかったが、顔が笑ったように見えた。
「おい、見たか? あいつ笑ってたぞ」
「見ました。笑ってますよ、確かに」
 そして刑事たちは、金縛りに会ったように動けなくなっていた。それからいつの間にか刑事たちはうとうとと眠ってしまっていた。ハッと気づいて起きたが、からくり人形はそのままだった。
「お前も動けなくなったか?」
「ええ、金縛りにあったみたいに」
「あれが、からくり人形の呪いか?」
「さあ…」
 そこで刑事が新しい情報を持ってきた。被害者にあらたな傷が見つかった。
「警部、二人目の被害者の遺体を調べた結果、喉を掻き切られただけでなく手首も骨折していたんです。骨折というより握りつぶされたって感じですね。ものすごい力で握って、腕が潰されてたってことです」
「からくり人形にそれができるかって?」
「考えにくいですね」
 屋敷では、からくり人形はどうでもいいからとの再び酒を飲む会が始まっていた。そこでは同様に、旦那衆の嬌声と酔っぱらう姿が目撃された。そしてまた酔った旦那が家人に抱き着くなどいうバカ騒ぎが繰り広げられた。
「おやめください、旦那様」
 女中は酔ってしつこくする旦那を跳ねのけた。その時、旦那の手首が抜けた。あまりにも強大な力で、旦那の腕から手首を抜き取ってしまったのだ。旦那は大出血をした腕を握って悶絶した。
 あまりの凄惨な事件に、周囲の者は血の気が引き固まってしまった。女中はぐるりと周囲を見つめていた。澄んでいたが、まるで機械のような冷たい目だった。まるで、からくり人形の目そのものであった。
(了)








posted by 田畑稔 at 15:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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