2019年11月23日

「男の料理」作・田畑稔(no.0160.2019.11.29)

 男は料理教室の門をたたいた。
 すぐさま若いね、今どきの人にしては感心だ、現役なのにどういう風の吹き回しだとの褒めているのかけなしているのかわからないコメントの嵐。男が料理教室に通うのはそんなに珍しいのかと反論したくもなったがそこは抑えた。
 それにしてもデパートが主催している男の料理教室は盛況だった。しかし平均年齢はといえば65歳以上、会社を定年退職し、申し訳ないが時間とカネに余裕のある人と見た。割烹着をかけた男は、料理教室の片隅で大根をレタスの葉をむくことからひそかに始めた。ひそかに始めたつもりだったが、料理教室の40代の女性講師はしきりに男を指すのだった。
「そこの男性にお伺いいたします。サツマイモは根ですか茎ですか?」
 男は首をひねった。
「講師ったら、あなたに関心があるのかもしれませんね」
 男は困惑した。
「先輩」
 料理教室もそこそこ長い男は、年齢は明らかに男より上なのに男を先輩と呼ぶ。
「先輩はこっちのほうはいけるんですか?」
 年上のおとこは酒をひっかけるポーズをとった。
「ええ、まあ…」
「じゃ行こう、男の手料理を披露しながら一杯できる店があるんですよ」
 そこは年上の男の自宅だった。料理教室の生徒数人が集まった。みな見るからに酒が好きそうである。年上の男の妻が料理をしていた。
「こちら若いわねえ。お名前は?」
「ケンです」
「ケンさん? かっこいいじゃない」
「何か手伝います。料理教室で習ってきたんです」
 年上の男の妻が言った。
「いいから、座ってて」
 男の料理教室の面々といっても結局は夫人たちがやることになるのだ。第一、夫人たちのほうが手さばきでいい。年上の男は料理を食べながら、焼酎のお湯割りを飲みながら言った。
「料理屋やろうと思うんだ。暖簾も考えてあるんだ。男の料理ちょいと一杯、どう?」
 いいね、オレもやるよ。資金も出すよという声がいくつも出たのである。
「ケンさんはどう?」
「料理と言われてもまだぜんぜん…」
「大丈夫だよ、強い見方がいるから。なあ母さん」
 年上の男の妻が微笑んでうなずいた。酒を飲んだ勢いかと思っていたら、しらふになっても「男の料理ちょいと一杯」の計画は進んだ。不思議なことに、店の名前が決まれば店の具体的なイメージが湧いてくるもののようだ。あそこに空いてる店舗があるぞ、家賃は幾らだ、しかもそこは居ぬきだそうだとか。計算高い仲間は家賃と売り上げの具体的数字を並べて、これくらいの粗利は取れる、みんなに少しは給料が払えるかもしれないという話まで進むのである。
「給料はわかったけど、そもそも誰が働くんだい?」
「ここにいるみんなだよ」
「オレもやるのかい?」
「もちろんだよ、やってくれよ」
 定年後のこれからの生活には、とりあえず困っていないとはいえ、また働いて収入が得られるとなるとみんな目が輝くのだった。そして「男の料理ちょいと一杯」は開店した。みんな顔は上気しながらも笑顔だった。メニューを決めるときは半分ケンカになったものだが、そういった山を乗り越えたからこそ、喜びはひとしおだったのだ。
「来たわよ」
 やってきたのは年上の男の妻を中心とした夫人たちだった。
「結局、あたしたちの力を借りないとだめでしょ? ねえケンさん」
「もちろんです。お願いします」
 店が始まってそれほどたってなかったのに、店の売り上げはダウンし始めたのだった。大きな試練だった。みな生活できるくらいの蓄えはある程度で、店を運営する資金力は誰も乏しかった。店の運転資金がなくなってきたのだ。
「悪いけど、オレ降りるわ。店の赤字の補填を貯金でやるわけにはいかないんだ」
 それは誰もが同じだった。店は黒字が続いてこその「男の料理ちょっと一杯」だった。しかし助け舟もいたのである。メンバーの一人が司法書士をしっていたのだ。
「法律上のアドバイスはしてもらえる」
「だったら、ファイナンシャルプランナーを知ってるよ」
 それぞれは直接居酒屋の経営にアドバイスをくれるわけではなかったが、それぞれの得意分野を少し持ち寄ってくれるのは助かるものだった。だが、店から脱落する者は続いた。店舗の運営というのは生易しいものではなかったのだ。
「それであなたが店長になっちゃったというの? 昼間仕事を持っているのはあなただけでしょ?」
 ケンの妻が呆れた。
「そうだけどね」
「店はどうなの? つぶれそう?」
 ケンの表情は少し暗かった。
「ちょっと一杯はいいけど、ターゲットが年寄り過ぎない?」
 妻のアドバイスは、メニューも店ももっと若返えさせることだった。妻が、主婦仲間を連れてやってきた。 
「なんで来たの?」
「やるのよ、あたしたちも」
 店名は「男の料理ちょっと一杯」は変わらないが、女性が店の運営をするようになり、安定的な入客が見込めて来たのだった。
「やっぱ女性がいないとね」
「同じ料理なら女性が作ったほうがいいもんね」
「そういうことだ」
 男の料理ちょっと一杯のスタッフは女性の凄みとありがたさを改めて知ったのである。
(了)


posted by 田畑稔 at 21:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください