2019年11月23日

「灯台守」作・田畑稔(no0159.2019.11.28)

 灯台守の最後の日を迎えた。
 灯台守は長い間一日も休まず灯台を守ってきた。しかし最後の灯台守としての任務を終えた。感慨はひとしおだった。最後にドアを閉めたとき、思わず泣いた。学校を出て以来、ずっと灯台守をしてきた。灯台守しか経験がなかった。人生はイコール灯台だったのだ。
 灯台も泣いていたようなそんな気が、灯台守はした。振り返ると灯台は今でも一瞬たりとも休まず、ランプで海路を照らしていた。灯台守は振り返った。灯台の律儀な姿に胸が熱くなり灯台に駆け戻った。もう一度灯台を抱きしめ挨拶がしたかったのだ。灯台守は灯台の懐に再び抱かれた。
 灯台はどこも無人自動化が進み、そのための設備は万全だった。むしろ灯台守の居住スペースはなかった。そして、最後の灯台守は灯台を去ったのだが、去りがたく灯台にいた。それだけではなかった。灯台守は灯台に愛されて、守られている。そんなふうに感じていたのだ。だから灯台の中にいるととっても気持ちがいいのだ。短時間のつもりだったが、つい長居になってしまったかもしれなかった。
「あの人灯台守じゃない?」
 灯台を見た地元の住人が話した。
「灯台って自動化して人がいないんじゃなかったっけ?」 
「そうよ。でも中から人が出てきたわ」
「まだ仕事してるのかしら」
 灯台守は、近くのコンビニで見かけることもあったが、最近ではとんと見られないのである。
「灯台守が灯台の外にいるわ」
「何してんのかしら」
「畑作業みたい」
「どうして?」
「そりゃ自分が食べるためでしょう」
 灯台守は、完全に灯台が住処のような具合いだった。
「顔洗って歯磨きしてるわよ」
「今度はラジオ体操だって」
 地元の小学校の見学会で灯台を見ようという企画が上がっていた。小学生の団体が教師に引率され灯台を訪れた。灯台は無人だったが、子供たちは中に入った。
 灯台の内部は、灯台を点灯する装置の他に生活用品が所狭しと散らかっていたのだ。布団に毛布に皿やカップやスプーン、カップ麺や食べかけのサンドイッチ。いまさっきまで誰かがここで生活していたような、そんな感じであった。
「先生、灯台って、ここで誰か暮らしてるの?」
「いや、ここは無人だって聞いたんだけどな」 
「鍵開いてたじゃん」
「本来は開いてちゃいけないだろうけどね」
 灯台守がいないので、子供たちが灯台の内部で遊んでいた。
<帰れ!>
 突然声がした。
「何か言った?」
「帰れと言ったような…」
<もう来るな!>
 灯台内部から声が聞こえた。子供たちは気味悪がって、灯台を出て行った。学校からの通報で灯台は調べられた。灯台としての機能は働いていたが、内部はゴミが散らかっていた。
「こいつはひどいね」
「担当者は誰なんだい?」
「灯台守をしていた人間です。自動化なったはずなのに灯台守は帰ってきません」
「灯台に住み着いてるってことか」
 灯台の内部は清掃され、鍵も掛けられた。
「声がしたっていうんですよ。学校の子供たちが見学に来て」
「だって誰もいないよ」
 灯台を管轄している役所の者たちは帰った。悪天候になった。海では船が座礁したり転覆したり、大事件となった。その間も灯台の明かりは消えることはなく、ちゃんと船の航海の安全に寄与していたのだ。ところがついに、灯台の明かりが消えた。あるはずの明かりが消えたことを連絡してきたのは外国船だった。すぐに係員が派遣された。確かに荒天であったことは確かだが、見た目に灯台は何も問題はなかった。
「灯台が消えるなんて」
「ありえないよな」
「ありえないね、普通は」
 ところが、係員が灯台に入ろうとしたが、鍵がかけられていて入れなかった。
「鍵はどうしたんだ」
「ここにありますよ。でも穴に入れても鍵が回らないんです」
「その鍵で合ってるのか?」
「合いますよ、もともと一つしかないんですから」
 幸い大きな海難事故は発生しなかったが、灯台の明かりが消えたということは大問題であった。我が国の船舶の航行に重大な支障が出たということになる。
 灯台を管轄する役所は重機を持ってきて灯台の一部を壊して内部に侵入した。灯台は、外側にはなんの損傷も見えなかったが、内部はかなり壊れていた。
「これ、なおせるかな」
「誰がこんなに破壊したんでしょうね」
「灯台守がいたといってたよな」
「いたんですが、灯台の自動化の際に行方不明になってしまいそれきりです」
 内部を点検していた時に、また灯台の内部に入るドアがひとりでに締まり、今度は役所の人間が閉じ込められた。おまけに、何かが泣く声や吠えるような不気味な音が聞こえた。閉じ込められた担当者は外部と連絡を取り救出されたが、それを機会に灯台の修繕はやめ、近くにもう一本新しい灯台をる建てることにした。
 古い灯台はその後航路の明かりをともすことはなかったが、地元の話によると、夜突然に明かりがつくこともあるという。そのとき、安全良し! などと、かつて灯台職員が使っていた指差喚呼の声が聞こえたという。
(了)


 
posted by 田畑稔 at 15:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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