2019年11月17日

「初荷」作・田畑稔(no.0150.2019.11.19)

 農村はまだ春先だった。
 やってきた男はバイヤーを名乗った。メロンの苗を買ってくれという。この辺りはメロンの栽培が盛んだ。だからと言って農家を回って苗だけ買ってくれという話は聞いたことがない。そろそろタネをまく時期は終わって、農家の男の畑でもメロンのかわいい葉が出てきたころだった。
「ひと苗1万円だって?」
「はい」
 男は鼻で笑って追い払う仕草をした。バイヤーは続けた。
「去年、メロンの初荷最高値はいくら付いたかご存知ですか?」
「高いんだってな、ニュースで見たよ」
「500万円です。あれは特別の栽培方法があるんです。これがその特別の苗です」
「特別なのか?」
「はい特別です」
 苗を見ると、確かに葉は大きくて生き生きとしてした。500万円は夢の話としても、メロンは時として数万円になることはある。男は話しのタネにと苗を購入した。
 苗は順調に生育しメロンをつけた。見るからにいいメロンになった。大きくて重さもあり、メロンにとって大事なネットもくっきりと浮き出て艶もあり、セリ場でもひと際注目を集めた。
「いいもの作ったねえ」
 褒められて、男はうれしかった。そして驚くべき値がついた。以前夕張メロンでついたといわれる一箱二玉500万円を超える600万円で男のメロンは落とされたのである。
「600万円とは驚いたね。一年暮らせる」
 仲間にいわれた。確かに一年の収入をメロン二玉で得た。すぐさま大きなニュースになり、栽培した農家の男はスポットライトを浴びる時の人になったのである。同業者からは、どこから苗を仕入れたのかと問い合わせしきりだった。しかし、冷やかしだろうと思っていた男のメロンがまさかこんな高級品だとは思わなかったから、バイヤーの名刺ももらっていなかった。
 男の生活は一変した。一変したのは有名メロン農家という知名度を上げただけでなかった。やはり一年暮らせるカネを手にして舞い上がったのだ。しかも最初に注ぎ込んだ競馬で大きなカネを手にしたことで、妙な自信がついてしまった。自分はこの生活でやっていけると。
 競馬で得た金はすぐに使い果たすとこんどはパチンコだった。男の姿はパチンコ屋で見られるようになり、いつもパチンコ屋にいると近所では呆れられてしまった。
「そろそろメロンの植え付けしましょうよ」
「苗が来てからでいいよ」
 男は妻の言葉は聞かず、最高値をつけたメロンを夢見ていたのだ。
「今年も高値だと決まってないのよ」
「だいじょうぶだよ、特別の苗なんだから」
 妻の制止にも関わらず男はパチンコ屋に走った。妻は生活に困窮し、様々な生活用品を処分した。当然、家の中は広々としてくる。妻は泣いた。
「あのメロンが来るまで、もう少しの辛抱だ。あのメロンさえ来れば」
 男の口癖だった。だが初夏になっても、600万円の値が付いた苗を持ってきたバイヤーは現れなかった。男は懸命に探したが見つからなかった。
「あなた、普通に作りましょうよ。普通の値段で売れるメロンをたくさん作ってたくさん売りましょうよ」
 妻は懇願した。それでも男は聞かなかった。男は既に散財しカネは一円も残っていなかった。それだけでない、借金も重なっていた。600万円のメロンを栽培した男がサラ金に借金をしたのだった。当然アルバイトでもしなければ生きていけない。だが男のできることはメロン栽培だけ。知り合いの農家に当たったが、人を雇う余裕はないと断られた。
 妻は夫に黙って畑を借りてメロンを作っていた。ぎりぎりの選択だった。夫に付き従っていたら飢え死にする。それでも夏になり色づきのよいメロンがいくつもできた。そのことが夫は知ることとなった。
「なんだこれは」
「メロンよ、見ればわかるでしょ」
「誰が作っていいと言ったんだ」
「メロン作るのに誰に断らなきゃいけないっていうの?」
 男はせっかく出荷できるまでになったメロンを全て叩きつぶした。妻は悲鳴をあげて男からメロンを取り上げようとしたが、かなわなかった。妻は泣き崩れた。そして妻は自ら命を絶った。
 バイヤーがようやく現れた。
「待ってたぞ。どうしてもっと早く来てくれなかったんだ」
「今度の苗は600万円の値がつくかどうかは、保証できませんよ」
「だいじょうぶだ。オレの腕を信用してくれ」
 妻も亡くなり、破綻した生活の中でメロン栽培を開始した。そして夏になりメロンは育った。メロンはできたが、誰が見てもわかる普通のメロンだった。セリに出しても、ごく普通の値しか付かないのは明らかだった。
「普通のメロンしかできなかった」
 バイヤーは言った。
「今回は値は保証できませんと言たはずです。普通のメロンでもできたんならいいじゃないですか」
「よくないよ。オレは一年間600万円のメロンを待ってたんだ」
 男は迫った。
「600万円の苗を持ってきてくれよ。このままじゃオレは生きてられない」
「手はないことはないんですけど」
「手というのはなんだ、早くやってくれ」
 バイヤーはレンガで男の頭を殴った。男は頭が割れて、死んだ。
「高いメロンができますよ。お楽しみに」
 バイヤーは男の死体から脳ミソだけを取り出して、畑に埋めた。そしてメロンのタネを脳ミソに埋め込んだ。時期にメロンの葉が出てきた。それだけだった。そしてまたその苗の販売に歩いたのだ。
「去年、メロンの初荷最高値はいくら付いたかご存知ですか?」
 バイヤーの活発なセールスによって、メロンの苗はすぐに売れた。
(了)




posted by 田畑稔 at 15:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください