2019年11月16日

「シンクロ」作・田畑稔(no.0148.2019.11.17)

 川で列を作っていたのは頭だった。
 流れは決して緩やかとは言えない川で、女子選手たちはシンクロナイズドスイミングの練習に懸命だった。浮き沈みを見ているだけでも息がつまるのがこちらに伝わってくる。厳しいものだなと、見るものは皆そう思う。
 中学生の少年たちが、川遊びをしていると女子シンクロチームの練習に遭遇した。少年たちは女子選手たちの練習を邪魔してはいけないと、川に首までつかって選手たちを眺めた。
「よく息が続くよな」
「オレがあんなに潜ってたら死んじゃうよ」
 シンクロチームは逆さになって、足を水面に出してきれいに揃えて舞った。そして頭を出して一瞬息を吸うと、またすぐに水中に潜った。
「足も長くてスタイルがいいよな」
「顔もきれいだよ」
 しなやかな腕、足、胸の膨らみ。少年たちにとってシンクロチームは、心ときめかせる存在だったのだ。
「オレたちもやってみるか」
 少年たちがシンクロを始めた。まず鼻をつまんで水中で逆さになってみた。それだけで水が鼻に入ってきて耐えられない。二人は懸命に水面に顔を出した。すると少年たちをグルっと囲む顔があった。
「うまいじゃない」
「なかなかやるわ」
「どこで習ってるの?」
 少年たちは息を切らしながらも、女子シンクロ選手たちに見つめられて恥ずかしかった。
「男子シンクロってのもあるんじゃない?」
「あるわよ、シンクロ男子チーム」
「じゃ出なさいよ、あんたたち」
 女子シンクロチームは、少年たちの頭をポンと叩いて帰った。少年たちは、川に入っているの長すぎたのか、体に震えがきた。
「お前、唇が紫だぞ」
「そういうお前こそ」
 二人ともガチガチと歯が鳴って、ようやく岩場に上った。タオルで冷えた汗を拭くと、ふたりは互いに元気かと確認し合ったのだった。
「彼女たちは?」
 シンクロチームの選手たちは川から上がると、川岸から茂みの奥へ進んで行った。少年たちはまだ震えが止まらないが、彼女たちを追いかけた。
「見失ったか?」
「追いかけてたはずだけどな」
 シンクロチームは10人ほどいたはずだった。川から出てそのまま女子シンクロチームの後を付いて行ったはずなのに、川岸から出てこんもりとした茂みに入って行ったところで女子シンクロ選手たちは消えた。それでも茂みから森へ進んでいったら沼があって、ポチャンと音がして、何かが沼に飛び込んだ。飛び込んだのはカッパだった。カッパが何頭もいて水に戯れていた。少年たちは唖然とした。伝説に聞いたカッパがこんな近くの沼にいたのかと。
「何しに来た」
 少年二人の背後に大柄なカッパが立っていた。
「ここがどうしてわかった」
 少年は返答に窮した。
「いや、その…」
「お前たち、さっき川で泳いでいた子供たちだろ」
 少年たちはかろうじてうなづいた。よく見るとみな女のよう、なんとなく女子シンクロチームと顔が似ていた。
「ここで会ったことは秘密だ。でも人間は絶対に誰かに言うんだよ。すると人間は必ずやってきて、われわれの住むのところを破壊する。そのたびにわれわれの住処がなくなってきた」
 カッパは自分たちを殺して食ってしまうのではないのかと、少年たちは思った。だからスキを見て逃げようと算段していた。そのときだった。少年たちに話しかけていたカッパとシンクロナイズドスイミングをしていたカッパが皆集まって相談が始まった。何ごとか深刻なことがあったらしく、眉をひそめていた。
「オレたちを食っちまう相談ではなさそうだな」
「誰かが溺れたみたいだ」
「カッパが溺れるわけないだろ」
 だが、生きているのかどうかわからないが、小さなカッパが横たわっていた。
「子供のカッパみたいだな」
 カッパたちが集まって深刻な顔をしていた。小さなカッパは青ざめた顔で動かなかった。
「青ざめてる」
「まずいぞ、死ぬかもしれない」
「カッパは人工呼吸知らないのか」
「知らないみたいだ。オレたちならみんな学校で教わるけどな」
「やってやろうか」
「そうだ、やってやろう」
 少年たちはカッパの輪の中に分け入った。そして一人はカッパの胸に両手を当てて、一人は呼気を送り込んだ。一、二、三、フーッと学校で教わった人工呼吸を繰り返した。そうしたら数分後くらいだろうか子供のカッパは心臓が動き始め、息をし出したのだった。
 カッパは子供カッパの死を覚悟していたかもしれない。しかし少年たちが生き返らせたことに驚き、感激した。泣きながら少年たちに抱きついたのだった。
 少年たちは川でシンクロナイズドスイミングをカッパたちといっしょにトレーニングしていた。外から見れば人間の男女のシンクロチームだったが、そうではなかった。
「潜水時間が短い!」
 コーチは容赦なかった。少年たちはハードなトレーニングに音を上げた。
「ちょっと待ってください。オレたちは人間なんですから」
 もう一人の少年が耳打ちした。
「それは言いっこなしだよ」
「分かってるよ」
 また少年たちは深呼吸して川に逆さに入って行った。
(了)



 
posted by 田畑稔 at 09:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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