2019年11月10日

「子ブタ」作・田畑稔(no0141.2019.11.10)

 少年はブタの世話をしている。
 少年にとってはうれしい仕事ではない。親が養豚をやっているから仕方なくやっているのだ。ときどき豚舎から子ブタの悲鳴が聞こえる。親ブタが子ブタがいるのを知らず体を預けてしまうからだ。そんなとき少年はすぐに命じられる。豚舎に行ってフォークを持ち上げて親ブタの尻めがけて一撃を与える。親ブタは少し悲鳴をあげると避けて子ブタを自分の尻の下から解放する。少年は子ブタを拾い上げ、他の子ブタのところに戻す。
 それだけでも重労働なのだ。それなのに父親は子ブタをちゃんと看ていないからだなどという。一日中監視していることなどできないのに親はそういう。つくづく嫌だと少年は思う。そうして学校には行かねばならないし、少年はいつも言われることがある。
「ブタ臭いぞ。ブタが学校に来てるのか」
「あと三か月で肉になるんですから、我慢してやってくださいよ」
 そう言って級友たちは鼻をつまむのである。昼食時にはもっと悲惨だ。少年の学校は弁当持参である。母親が作ってくれたごく普通の弁当であるが級友たちはブタのエサと笑う。弁当を隠しながらほおばる、少年にとって悲しい時間である。
 だから少年にとっては豚舎のほうが気持ちは安らぐ。特に子ブタたちは可愛い。
「お前、母さんにつぶされてだいじょうぶだったか?」
 少年は子ブタを豚舎から出して日向ぼっこをする。子ブタたちは鼻を鳴らして歩き回る。
「お前たちは本当はきれい好きなんだってな。父さんが言ってた」
 少年は、子ブタの顔に手ぬぐいを巻いて、鼻で縛った。
「どうだ? 奴さん」
 子ブタは少年に近寄ってきて鼻を鳴らした。少年は子ブタと遊ぶのは楽しかった。子ブタも少年のことが好きだと言っているような、そんな愛らしさを見せた。
 クラスでいじめられるのは少年だけではなかった。少年よりももっと小柄でいじめられる子がいた。少年にとっては彼がいる分いじめっ子たちの矛先が鈍った。そういう意味では少年はありがたかったが、少年はその子が元々興味はない。だがそのいじめられっ子が少年の元に現れる。最初は少年の家の外だったが、ある時いじめられっ子は豚舎の子ブタと遊んでいた。
「お前、何してるんだ?」
 いじめられっ子ははにかんだ。
「暇なら、飼料やってくれよ」
「いいの? やって」
 少年は、いじめられっ子のいきいきとした笑顔を初めて見た。
 父親が表彰された。地域の優良な畜産生産者ということだった。校長先生が朝礼で少年の父親が優良生産者だと全校生徒に対して言った。拍手が起こった。すると教室での級友たちの扱いが変わった。露骨ないじめはスーッと引いた。給食時間であってもブタのエサなどと罵りはなくなったのだった。それだけではなかった。少年はこんどの体育祭においてクラスキャプテンに命じられたのである。
「あんた、キャプテンになったんだって?」
 母親が言った。
「やる気はなかったんだけど、推されちゃって」
「いいじゃない。そういう時はやる気を出さなくちゃ」
「でもブタもやらなくちゃならないし」
 いじめられっ子が割って入った。
「ぼくもやります」
 いじめられっ子は毎日やってきては養豚の手伝いをするようになっていた。そのせいか、いじめられっ子もなんだか顔色も黒みが増して精悍になっていっていた。ほんの短期間に変わった。そのせいか、少年以上にいじめられていた彼がいじめられなくなった。そして逆に子ブタたちはいじめられっ子に寄り添うことが多くなった。いじめられっ子も鼻を鳴らして寄って来る子ブタの頭をなでた。
 子ブタたちを豚舎の外に出し日向ぼっこして、二人は遊んだ。子ブタたちはやっぱりかわいい。しかも彼らはとても賢い。もう少年といじめられっ子を見分ける。それぞれのお気に入りがいるようで傍らを歩くのはいつも決まっている。
「この子はオレのお気に入りだ」
「そうだね」
 母親が誰かと話していた。少年がその様子で歓迎できない話であることがわかった。
「ブタが売られてしまうのかもな」
 いじめられっ子が言った。
「ブタが売られていく?」
「そう、売られて行くんだよ」
「そうなの…」
 トラックがやってきて親ブタを積んで行った。少年といじめられっ子は子ブタとともに親ブタを見送った。連れられていくとき、親ブタは寂しそうな目をしていた。親ブタがいなくなった豚舎を清掃し子ブタだけを豚舎に収容した。少年といじめられっ子は親ブタのいない豚舎をずいぶん広く感じた。
 豚舎に親ブタがいた。親ブタはみんな連れて行ったはずなのにまだ残っていたんだろうか。少年は目をしばたいてみた。親ブタだった。
「親がまだ残ってたぞ」
 少年が言うといじめられっ子は反論した。
「親ブタなんか残ってないよ」
「いやそこにいるじゃないか」
 少年がそう言って親ブタを指し示したが、その時スーッと親ブタは子ブタサイズにまで小さくなった。少年はもう一度目をしばたいた。やっぱり子ブタだった。親ブタの幻を見たのかそれとも単なる錯覚だったのか少年はわからなかった。
 その時、少年たちが予想していなかった悪い知らせが届いた。出荷した親ブタの中にコレラが発生した。大人たちがたくさんあつまって協議していた。少年たちは見守るしかなかった。
「どうなるの?」
 母親は答えた。
「処分するしかないね」
「処分て?」
「埋めるんだよ。父さんたちがやるから、お前たちは見なくていいからね、家に帰っておいで」
 豚舎に残っていた子ブタは全てトラックに積まれ運ばれて行った。少年といじめられっ子は豚舎の脇の日の当たるベンチに何も言わず座っていた。そこにヒョコヒョコ歩いて来たのは子ブタだった。
「あれ? 子ブタだ」
 いじめられっ子はキョトンとしている。
「どこ?」
 いじめられっ子は見回した。何も見えなかった。会話はそこで終わったが、少年の横では子ブタが楽しそうに座って鼻をひくひくさせていた。少年にはよく見えた。もちろん少年のお気に入りの子ブタだった。
(了)



posted by 田畑稔 at 11:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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