2019年11月09日

「遭難」作・田畑稔(no.0140.2019.11.09)

 宇宙船が遭難した。
 世界中が注目した宇宙船発射は華々しかった。久々に月への有人飛行、注目度は著しい。しかし3人乗りの宇宙船は途中で制御不能となった。それも地球の重力圏を抜ける前、気象衛星や軍事衛星や他に数々衛星のある人工衛星銀座とよばれる立て込んだ空域で制御不能となった。宇宙船はおそらく地球が丸く巨大に見えたに違いなかった。そんな位置だから宇宙船は地球の周回軌道に自然入ってしまい、グルグルと地球を回り始めたのだった。
 当然のことながら宇宙船からは救難を求めてきた。基地では何度も検討が重ねられ、幾つかは試みられた。しかし救助できなかった。宇宙船基地は疲労を濃くした。
「食糧はあと一か月。カロリーベースであと2か月。これ以下だと生存は厳しい」
「水はどうなんだ?」
「同様です。最大2か月でしょう」
「なんとかできないのか?」
 基地クルーは言葉が出なかった。とにかく、助けられるかどうかが問題なのだった。
「方法はないのかね」
 もちろん宇宙船飛行士たちの救難方法だ。宇宙船の位置は分かっている。救難ロケットを送り込むこともできる。ただ問題は、救難に向かう人間がいないことであった。
「救難チームの選抜はまだか?」
 救難チームの編成は一向に進まなかった。やはり事故が怖かったのだ。世界中どこの国でも宇宙船の乗組員を宇宙空間で救出したことはなかった。実はこれまで、いくつも人工衛星は打ち上げられ何人もが帰還できなかったのである。公然の秘密だった。
 救難信号は止まった。食糧や水が尽きたと思われるころだった。基地は重苦しい空気に包まれた。どうしようもなかったのだ。基地では葬式が行われ、力不足だったとわびた。
 人々が事件を過去に追いやろうとしかけた時だった。再び救難信号が宇宙船基地に届いた。
「彼らは生きているということなのか?」
「残りの食糧から考えて、生きているとは考えにくい」
「救難要請システムが一人で動いているとか?」
「あるかもしれないが、もし本当に生きているんだったら、助けなきゃ」
 宇宙船基地に連絡が入った。ある組織が、遭難者は自分たちが助けようと言ってきたのだ。だがその組織はその実態がはっきりしないものだった。
「ロケット飛ばして飛行士を救けるというのに、正体がはっきりしないとはどういうことだ?」
「しかし、こちらができないことやるっていうし、費用も持つからと」
 ではその組織はいったいいつ彼らを助けに行くのか、人々は待ちわびた。ところが突然返ってきた連絡は意外だった。救難は完了したと、しかも全員無事に生還したと。
 世界中は驚愕した。そして遭難したといわれる飛行士たちはテレビに元気な姿を見せた。だがそれっきりだった。その後の遭難飛行士の消息に関する報道はなかった。生還したといわれる飛行士たちはその後姿を現さないのだ。さまざまな噂が流れた。宇宙でもらった伝染病で隔離されている説、ぴんぴんして普通に生活してる説などいろいろ入り乱れた。中には彼らは宇宙船で死んでしまい、いま幽霊となってこの世を漂っているのだというもの。それくらい彼らの生還には疑問と尾ひれがついたのだった。
「オレは、ちゃんと生きて帰ってきた説を支持したいね」
「あのテレビで見た生還シーンはCGじゃないかともいうね」
「CGだとして、誰がそんなもの製作しなきゃいけないんだ」
「でも救難ロケットが飛んでいいくところ、誰も見ていないんだよ。本当に発射されたかどうかも怪しいと言われてる」
 遭難飛行士たちが久々にテレビに登場した。みんな元気に生活しているというニュースだった。
「この映像を専門家に見てもらったんだけど、CGじゃないって。人は本物だって」
「じゃあやっぱり飛行士は帰ったんだね」
 テレビでは面白いタレントが活躍していた。顔真似のひとつで、一人の人間にのみ顔をそっくりに変形させることができる。彼にとってはそれが生活する糧なのだろう、突然現れて喝采を浴びていた。このテレビタレントを見ていた基地のクルーが言った。
「こんな風に顔真似ができるなら、遭難宇宙船の飛行士になれると思わない?」
「じゃ、遭難飛行士は彼らのように顔真似だと?」
「推測だけど、遭難飛行士は実は彼ら顔真似ができる人間と入れ替わった」
「じゃあ、遭難飛行士はどこに?」
 宇宙船飛行士は続けた。
「だからね、救難には行ってないんだよ。だってロケットはいつのまにか出て行って飛行士はいつのまにか帰ってきた、ということになってるけど、そもそも宇宙には行ってないと思わない?」
「じゃあ本物の遭難者は今でも地球を回っているのか?」
「ミイラになってね」
 基地クルーの推測が正しければ、人間の社会に顔を変形させて他人に成り代われる何かがいて、何かを策謀している。彼らは遭難者の救出を利用して入り込んで来た。
 遭難飛行士のテレビ映像を、家族も含めてよく観察してもらったらホクロやシミなどに微妙な違いがあることがわかった。
「やっぱり違う人物だった」
「テレビ映像だけなら彼らはバレないと思ったんだろう」
「これで間違いない。彼らは遭難飛行士ではない、というか地球人ではない」
「だとするなら、誰? どこの星の人?」
 基地クルーは言った。
「彼らは、月の人じゃないかと思うんだ」
「月の人?」
「推測だけど、今度の事件の大本は月へ送った宇宙船の事故だったよね」
「うん」
「地球の人間は月へはこれから本格的に行こうというところだけど月は違う。かぐや姫伝説があるように、過去何度も月の人は地球にやってきてる。今度の顔真似の人もそういうことの流れじゃないのかな」
 その後、顔真似で喝采を浴びた正体不明の人物はいなくなった。いつの間にか噂も途絶えた。顔真似をしなければ地球の我々とは見分けがつかない。月の人は既に大勢地球におり、なにげなく電車に乗っているかもしれないのだ。
(了)


posted by 田畑稔 at 11:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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