2019年11月20日

「菊」作・田畑稔(no.00154.2019.11.23)

 白菊が凛として立っていた。 
 寺の境内にはなん鉢もの菊が並び、誰の目も引く出来栄えだった。既に評判となっており、町内の世話役が品評会にぜひと勧めた。だが制作者である寺で働く老人は渋った。
「町の名物になります。いやもうなってます、ぜひお願いします」
「出品するのに人手が要るなら手伝いますよ。手伝わせてください」
 だが老人は、もう足が弱っているからとか表に出るのが苦手だからと言い渋り続けた。菊の季節が終わるとまた境内は静かになった。だが町内会では来年に向けてプロジェクトを立ち上げようという話で盛り上がった。
「この町で、こんな立派な菊を栽培する人がいるとはね」
「菊って、作るの難しいのかなあ。みんなで作って町の名物にしようよ」
「ああいう立派な菊は経験積まないとね」
 町の世話役たちは菊を育てた経験がないのである。そして翌年は夏が来たころから催促がきた。今年の菊の出来栄えはどうか、ことしこそ品評会に出さないのかと。そして秋が訪れるころ、寺の境内に大輪の菊がなん鉢も並んでいた。歓声が上がった。町の人は寺に押し掛け老人を称えた。
「おじいさん、やったね」
「去年より迫力あるよ」
 地元の新聞やテレビも取材におしかけ、寺はスポットライトを浴びた。しかし老人はテレビの前に現れず、新聞の取材も受けなかった。
「おじいさん、いるんだよね。見た?」
「見てないけど、いるはずだよ。表に出るのは苦手ってタイプだからね」
 菊の評価は年々高まったのと反対に、老人の出没は減った。老人を見たという人の話では痩せたという。病気があるのかそれとも年齢による老化だろうと、町の人は噂した。
「じいさん、見た?」
「離れに明かりが灯っていたという話もある」
「電気は通ってるの?」
「明かりがかすかで揺れていたから、あれはろうそくだな」
 菊の展示も誰もいないうちにやっているらしく、最近では寺の雑用からも遠ざかり、町民の誰も老人を見ていなかった。そして翌年秋、菊の季節になっても菊は境内に出現しなかった。だから老人の死亡説も飛び交ったくらいだった。町民は寺に老人の消息を尋ねた。
「寺では把握しておりません」
「だっておじいさん、ここの職員でしょ?」
「ご老人は先代の住職の時代からおりまして、仕事の内容はわかりません」 
 寺が把握しているのは、寺の境内の奥の竹やぶの中に離れがあって、そこが老人の住んでる家だということだけだった。町の人が竹やぶをのぞくと確かに離れはあった。ただ明かりもなく、現在住んでいるのかどうかさえ分からなかった。近づいて中を伺えばいいのだが、気持ちが悪いと誰も直接老人を尋ねなかった。
「明かりがありませんが、おじいさんそこに住んでいるんですよね?」
 世話役が聞いても、寺の者は首をひねった。
「給料は支払われているんですか?」
「寺は把握しておりません」
「電気や水道なんかはあるんでしょうか?」
「先代住職の時代に何か約束があったかもしれませんが、現在はわかりません」
「おじいさんは元気なんですよね」
「そんなに心配なら、ご自分でお確かめになっては?」
 老人に変な噂が立っていた。老人は出自や過去の職歴などがさっぱり不明だったことから、そもそも明らかにできない出自であるとされたのである。町の人のなかには、住職に直接聞いてみようということになり、何人かは押し掛けた。
「いまどき、出自で待遇が変わったりするなどということがあるんですか?」
「そのような仏の道に反することはありません」
 否定はしても、いったん上った噂は尾ひれがついて広がって行く。町の人の口に菊の話は上らなくなった。
 次の年の秋のある日、菊が並んだ。これまでになく、大輪の菊が数十鉢、境内に飾られた。それだけで菊の品評会ができるくらいの数だった。
 テレビが取材にやってきたのに続いて、町の人もやぶの中の離れに押し掛けた。離れは茶室のようであった。茶室には火鉢があったきりで他に家具らしいものもなく、それだけだった。老人はどこへ行ったのか、そもそも老人は離れで生活していたのかさえわからなかった。
「では、制作者不明の菊花展というミステリー仕立てで行きますか。かえって面白い」 
 菊を作った老人はどこへ、という三文ドラマ風に追跡していったテレビはすぐに大きな関門にぶつかった。テレビは、寺の境内に古い墓を見つけたが、その墓はかつて虐げられた身分の人たちの墓だった。だが菊の老人との因果関係は不明であり、なぞの菊の作者はどこへ、という安っぽいテレビ番組が一度放送されたきりで終わった。
 ただ一人一度だけ、老人を見たという人物がいた。その人物は夜、寺の境内で老人らしき人物を見た。
「暗かったけど、あれは確かにおじいさんだったわ」
「元気だった?」
「それが死人のように真っ青な顔してた。目が合ったけど怖くて…」
 町の人も菊を栽培して菊花展ができるまでになっていた。参加者は各方面にわたり様々な菊が出店され、賑わった。その時、出展者がわからない菊が展示された。しかも菊花とともに菊人形が展示されていた。
「けっこうリアルな菊人形ね」
「まるで本物の人形みたいだ」
 どこかの蝋人形館に展示されていても見間違うような菊人形だった。しかし出展者はわからないままだった。おまけに変な噂が立った。夜になると菊人形の表情が変わる、菊人形が歩くと。そう証言するのは菊花展の世話役だった。
「この菊人形、気持ちが悪い」
「みんな言ってるわ」
 それでは展示場から外そうとしたとき、菊人形は消えていた。そしてちょうどそのとき、菊人形を作った老人が寺の境内にいたのが見られた。
(了)





posted by 田畑稔 at 16:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする