2019年11月16日

「姪っ子」作・田畑稔(no.0149.2019.11.18)

 自分とよく似た男がいた。
 年齢は若い、まだ大学生くらいだろうか。自分とは年齢こそ違うが、それにしてもよく似ているなあと男は思った。男は会社で管理職をしていた。部下が数人いる身分だ。部下といってもアゴで使える、そんな時代じゃない。むしろ気を使わなくちゃならない。だから気疲れで年をとるのではないか、会社にとって管理職とそういうものだ。だから疲れていたのかもしれない、もう一度目を瞬かせた。
「なんか、オレに似てるよね。自分で言うのもなんだけど」
 部下は訝った。
「課長に似た社員がいるんですか?」
「さっきこの部屋から出ていった彼? 出向社員? アルバイト?」
「課長に似た人なんていました? わかりませんねえ」
 トイレから戻った時に、部屋を出て行った廊下を曲がって消えた男がそうだった。
「またいたよ。この部に関係した誰かだろうか?」
 部下は言った。
「みんなで話していたんですけど、誰のことかさっぱり分かんないんですよ」
「背格好まで似ているんだよ。どこのセクションか知らないが気になるよ」
 帰ると妻が迎えた。
「少しお話があるのよ」
 男は背広を脱ぎ、ネクタイを外しくつろいだ。
「なんだい?」
 妻は深刻な顔をしていた。
「妹が言ってきたのよ。ユリちゃんなんだけど、しばらくウチで預かっていいかしら」
「どうかしたの?」
「ユリちゃん、大学に落ちちゃったのよ。それで東京の大学を受けなおすために予備校に行く、でも家からは通えないからユリを少しの間だけ預かってって」
 姪のユリちゃんはこの春、志望校の受験に失敗した。来年再受験するつもりだが、しかし父母は離婚し母親のみが養育している。だがら仕事があってやめるわけにはいかないから、娘だけしばらく面倒見てほしいという話だった。
「別にかまわないよ。親戚なんだから、少しは協力しないとね」 
 姪のユリちゃんは駅前のハンバーガーショップでアルバイトをしながら家から予備校に通った。働きながらだから大変だろうと思っていたが、気持ちも体力も思った以上に充実しており、心配はないようだった。
 駅前のハンバーガーショップの前を通りかかった時だった。店の前方で座ってハンバーガーを食べていたのはユリちゃんだった。仕事が終わって自分の店のハンバーガーを食べるのは問題ないし、ユリちゃんに同伴者がいたとしてもそれは問題にするところではない。ただユリちゃんと同伴者はとっても仲良く、ただならぬ仲でない雰囲気を発していた。そこまではもう大人の年齢なのだから義理の伯父がとやかくいうことではないかもしれない。しかし驚いたのは、同伴者の男は会社で見た自分そっくりの男そのものだったからである。
 なぜあの男がユリちゃんと一緒にいるのだろう。そもそも彼は誰なのだ。男は足を止めてハンバーガーショップの中を見続けた。何度見てもそうだったのだ。
 男は帰宅すると、妻に言った。
「怒らないでくれよ」
 やっぱり、ユリちゃんのことは報告しておいたほうがいいだろうと思った。
「なんなの?」
「ユリちゃんが男と一緒にいたんだ」
 妻は絶句した。姪っ子を預かっている以上母親代わりを自負しているのだから、ショックを受けるのは当然だろう。
「だから、怒らないでくれよ。ユリちゃんももう大人だ。決して怒鳴りつけたりしないでくれよ」
「妹になんて言ったらいいの? あたし」
 妻が半分怒っているのは分かる。財政的にも来年は浪人はできないのは当然だった。だからこそ今は受験勉強に力をいれてほしいという妻の言い分は最もだった。
「その人って、誰なの? ユリちゃんと付き合うのはいいけど、もうちょっと待ってもらえないのかしら」
 妻の矛先は、男がよく似ているとした若い男に向かった。だが、いざ探そうとすると見つからない。辞めちゃったんだろうか。
「課長によく似た若い男? さあ、そんなやついましたっけ?」
 相変わらず同僚に聞いてもらちが明かない。
「最近、ユリちゃんどうなの? アルバイトは行ってるんだよね」
 妻はいなかった。出かけたかもしれない、男はそう思った。男はユリが勤めているハンバーガーショップに行った。ハンバーガーショップではユリと名の付くアルバイトはいないと言った。
「ここに勤めてるの、オレは見ましたよ」
 だが、返事はユリというアルバイトはいないというのだった。いつも通り家を出て会社に着いた。警備員に呼び止められた。
「身分証お願いします」
「オレはここの社員だよ」
 身分証をだそうとしたが、なかった。男の記憶では身分証はポケットにいつもあるはずだった。
「外来者は入館申込書を書いてください。どこの部署に行きたいんですか?」
 男はうろたえた。では電話をかけさせてくれと言って警備員に自分の部署を言ったら、警備員はそのような部署はないという。男は何をどういたらいいかわからなかった。
「伯父さん」
 女の声がした。
「ユリちゃん! 助けてくれ、会社に入れないんだよ」
 ユリは言った。
「申し訳ないけど、伯父さんの役割は終わったわ」
「どういうことだ?」
「きょうから、伯父さんの代わりに彼が会社に出るの」
 自分によく似た若い男だった。
「そいつは誰だ」
「よく見て。伯父さんよ。あたし伯父さんのことずっと好きだったの。伯父さんと結婚したくてずっと伯父さんのことあちこち探してた。そしてようやく伯父さんを見つけたの。あたしたち結婚します。よろしくね」
 二人は会社の中に消えた。男が追いかけてユリを捕まえようとしたらガードマンに取り押さえられ、気を失うほど強く地面に叩きつけられた。
(了)



 
posted by 田畑稔 at 19:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「シンクロ」作・田畑稔(no.0148.2019.11.17)

 川で列を作っていたのは頭だった。
 流れは決して緩やかとは言えない川で、女子選手たちはシンクロナイズドスイミングの練習に懸命だった。浮き沈みを見ているだけでも息がつまるのがこちらに伝わってくる。厳しいものだなと、見るものは皆そう思う。
 中学生の少年たちが、川遊びをしていると女子シンクロチームの練習に遭遇した。少年たちは女子選手たちの練習を邪魔してはいけないと、川に首までつかって選手たちを眺めた。
「よく息が続くよな」
「オレがあんなに潜ってたら死んじゃうよ」
 シンクロチームは逆さになって、足を水面に出してきれいに揃えて舞った。そして頭を出して一瞬息を吸うと、またすぐに水中に潜った。
「足も長くてスタイルがいいよな」
「顔もきれいだよ」
 しなやかな腕、足、胸の膨らみ。少年たちにとってシンクロチームは、心ときめかせる存在だったのだ。
「オレたちもやってみるか」
 少年たちがシンクロを始めた。まず鼻をつまんで水中で逆さになってみた。それだけで水が鼻に入ってきて耐えられない。二人は懸命に水面に顔を出した。すると少年たちをグルっと囲む顔があった。
「うまいじゃない」
「なかなかやるわ」
「どこで習ってるの?」
 少年たちは息を切らしながらも、女子シンクロ選手たちに見つめられて恥ずかしかった。
「男子シンクロってのもあるんじゃない?」
「あるわよ、シンクロ男子チーム」
「じゃ出なさいよ、あんたたち」
 女子シンクロチームは、少年たちの頭をポンと叩いて帰った。少年たちは、川に入っているの長すぎたのか、体に震えがきた。
「お前、唇が紫だぞ」
「そういうお前こそ」
 二人ともガチガチと歯が鳴って、ようやく岩場に上った。タオルで冷えた汗を拭くと、ふたりは互いに元気かと確認し合ったのだった。
「彼女たちは?」
 シンクロチームの選手たちは川から上がると、川岸から茂みの奥へ進んで行った。少年たちはまだ震えが止まらないが、彼女たちを追いかけた。
「見失ったか?」
「追いかけてたはずだけどな」
 シンクロチームは10人ほどいたはずだった。川から出てそのまま女子シンクロチームの後を付いて行ったはずなのに、川岸から出てこんもりとした茂みに入って行ったところで女子シンクロ選手たちは消えた。それでも茂みから森へ進んでいったら沼があって、ポチャンと音がして、何かが沼に飛び込んだ。飛び込んだのはカッパだった。カッパが何頭もいて水に戯れていた。少年たちは唖然とした。伝説に聞いたカッパがこんな近くの沼にいたのかと。
「何しに来た」
 少年二人の背後に大柄なカッパが立っていた。
「ここがどうしてわかった」
 少年は返答に窮した。
「いや、その…」
「お前たち、さっき川で泳いでいた子供たちだろ」
 少年たちはかろうじてうなづいた。よく見るとみな女のよう、なんとなく女子シンクロチームと顔が似ていた。
「ここで会ったことは秘密だ。でも人間は絶対に誰かに言うんだよ。すると人間は必ずやってきて、われわれの住むのところを破壊する。そのたびにわれわれの住処がなくなってきた」
 カッパは自分たちを殺して食ってしまうのではないのかと、少年たちは思った。だからスキを見て逃げようと算段していた。そのときだった。少年たちに話しかけていたカッパとシンクロナイズドスイミングをしていたカッパが皆集まって相談が始まった。何ごとか深刻なことがあったらしく、眉をひそめていた。
「オレたちを食っちまう相談ではなさそうだな」
「誰かが溺れたみたいだ」
「カッパが溺れるわけないだろ」
 だが、生きているのかどうかわからないが、小さなカッパが横たわっていた。
「子供のカッパみたいだな」
 カッパたちが集まって深刻な顔をしていた。小さなカッパは青ざめた顔で動かなかった。
「青ざめてる」
「まずいぞ、死ぬかもしれない」
「カッパは人工呼吸知らないのか」
「知らないみたいだ。オレたちならみんな学校で教わるけどな」
「やってやろうか」
「そうだ、やってやろう」
 少年たちはカッパの輪の中に分け入った。そして一人はカッパの胸に両手を当てて、一人は呼気を送り込んだ。一、二、三、フーッと学校で教わった人工呼吸を繰り返した。そうしたら数分後くらいだろうか子供のカッパは心臓が動き始め、息をし出したのだった。
 カッパは子供カッパの死を覚悟していたかもしれない。しかし少年たちが生き返らせたことに驚き、感激した。泣きながら少年たちに抱きついたのだった。
 少年たちは川でシンクロナイズドスイミングをカッパたちといっしょにトレーニングしていた。外から見れば人間の男女のシンクロチームだったが、そうではなかった。
「潜水時間が短い!」
 コーチは容赦なかった。少年たちはハードなトレーニングに音を上げた。
「ちょっと待ってください。オレたちは人間なんですから」
 もう一人の少年が耳打ちした。
「それは言いっこなしだよ」
「分かってるよ」
 また少年たちは深呼吸して川に逆さに入って行った。
(了)



 
posted by 田畑稔 at 09:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする