2019年11月12日

「出納係」作・田畑稔(no.0143.2019.11.12)

 ケンさんは市役所支所の出納係だった。
 いまどき出納係とは古風な言い方だった。だが役所とはだいたいそういうもの、いったん決まったものは延々継続される。市役所の支所はかつて隣町の町役場だったが市との合併によって現在の支所となり、小所帯を守った。
 ケンさんは町役場に入庁し市庁そして支所に戻り、そして定年が間近である。ある時市庁から支所に異動となったが、異動というよりも飛ばされたと周囲は言っていた。だが本人は可もなく不可もなくやってきた顔をしているが、周囲はたいへんだった。なぜなら、パソコンが扱えないのである。年齢からしてしかたないのかもしれないが、あおりを食うのは周り。ケンさんはいまだに手回し計算機が愛機である。
「なんすか? これ」
 入庁者はまずこの機械に驚く。
「正式の名前は機械式計算機だったかな」
「これで何するんですか?」
「計算だよ」
「なんの計算ですか?」
「普通の計算だよ。加減乗除。最も今ケンさんしか使ってないけどね」
 ケンさんが市役所の新人の時は、市役所では誰もが手回し計算機を使用していた。以来、人が変わるたびに電卓に置き換わっていった。
「電卓っていうより、パソコンじゃないんですか? 今どき」
 先輩は言った。
「そうなんだけど、でもケンさんがやめるまではパソコンは入れられないじゃないか、パソコンができないんだから」
「そういうもんなんですかねえ」
 市役所支所にも何度もシステム化の話はあった。業者が見積もり提出しあとはゴーのサインを待つだけの状態までなった。だが手回し計算機しか使えない人がいるからと、計画は進まなかった。ケンさんはもう少しで定年だから、そこまで待てというのだった。若手はほぞをかんだ。
 みんなが待ちに待った年度末がやってきた。ケンさんの定年の日だ。実際は有給休暇もあるし理由はなんでもいい、定年の日の三か月前にもう退庁してよかったのだが、ケンさんは毎日登庁していた。
「ケンさん、来てますね」
「来なくてもいいんだけどね」
 ケンさんが定年退職したら、いよいよパソコンシステムを導入しようということになっていた。もうシステムの見積もりは出来上がり、発注今か今かと待っていた段階だった。気は急くのである。
「新年度からシステム稼働だからな」
 いよいよ市役所支所でもパソコンシステムが稼働する。
「いよいよですね」
「いよいよだけど、ケンさんも来てるよ」
 ケンさんの勤務はまだ続いていた。それでも年度末までには消え去るだろうと思われていた時だった。
「定年が伸びたんだって?」
 支所の各職場では大きな話題となっていた。定年が延長になるか、それともととまず嘱託五年にして、後日正式な定年延長に持って行こうか市役所労使が話し合い中だったのだ。
「定年が伸びるのはいいが、でもケンさんをどうするんだ?」
「もしかして、ケンさんがやめるまで手回し計算機?」
 ケンさんの定年の日は迫っていたが、ケンさんは相変わらず手回し計算機をクルクル回してはクリーナーで磨いた。それを見ていた若手はゲンナリするのであった。
「もう待てない。システム発注したよ」
「待ってました」
 ついに、ようやく、市役所支所はパソコンシステムが導入されることとなった。ケンさんのことは気になるが、棚上げしようじゃないかという、いかにも役所らしい処置の仕方であった。
 支所では驚くことが起こった。新年度になってケンさんは長年親しんだ手回し計算機を使わず、なんとパソコンを打ち始めたのだった。
「ケンさん、パソコンやってる」
「どこで練習してたんだ?」
 ケンさんの華麗な転身は支所では話題になった。意外にもケンさんはキーボードも打てるし、エクセルで表計算をするくらいのことはできた。
「ケンさんパソコンを使えるなら、もっと早く言ってくれればよかったのになあ」
「そうだよ。手回し計算機なんかさっさと捨ててさ」
 ケンさんは改めて嘱託としてやってもらおう、みんなもそれで異議がなかった。ケンさんに新しいキャリアが加わって新しい支所生活が始まろうとした矢先だった。ケンさんが無断欠席し登庁しなくなったのだ。
 ケンさんはいったん定年退職、その後は嘱託として再入庁の正式手続きをとろうという段取りだったから、ケンさんは登庁しなくても問題なかった。だが長年机を並べてきた同僚たちは心配だった。
「ケンさん、パチンコ屋にいたとか、競艇場で見たとか言われてるよ」
「麻雀荘で点数数えるのに手回し計算機を使ってたって噂もあるし」
「オレが聞いたのは、退職金使って外国航路の客船で優雅な船旅してるって話」
 それからしばらくしてケンさんの入院が伝えられた。嘱託契約をしようという矢先、体調を崩して入院していたのだった。
「パチンコ、競艇、麻雀も豪華客船もぜんぜんなくて、ただ入院していたのか」
「それも、良くないらしい」
 それから少ししてケンさんの死去が伝えられた。定年まで一途に働いたのに、神様は遊ぶ時間をくれなかったようだった。葬儀は遺族がびっくりするほど大掛かりにだった。市役所ほぼ全員が参列したのではないかと思われた。
 遺族が言うには、ケンさん定年の5年も前から簿記学校に通い始めた。現在ではパソコンを使った会計処理の仕方を教えてもらっていた。
「どうりでな、パソコンが届いてすぐにエクセルだもんな」
「オレたちよりもずっとパソコンになじんでいたし、なじんで行こうとしていたということだ」
 いつまでも勉強熱心なケンさんを載せた霊柩車は、大勢の参列者の前で何度もクラクションを鳴らした。
(了)


 
posted by 田畑稔 at 10:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする