2019年11月11日

「テレビ塔」作・田畑稔(no.0142.2019.11.11)

 テレビ塔が立った。
 町で最も高い山のその頂上に、ようやくテレビ塔が立ったのだ。建設の噂が上り資材を運び込まれてから少年はずっと注視していた。実は少年はテレビ塔が建つとテレビが見られると思っていた。
 少年は、テレビ塔の下に立っていた。鉄塔はコンクリートの土台の上に立っていただけで、ここにどうやってテレビがやってくるのだろうかと想像していた。そもそもテレビを見たことがないし、テレビというものの仕組みは知らない。なんとなくテレビというものを夢想していただけだったのである。
 あるとき級友がテレビを買ったと騒ぎになっていた。教室では紙に画を書いたテレビという四角い箱を、みんなは羨ましがっていた。少年は意味が分からなかった。山に立っているテレビ塔との関係がわからなかった。しかしその少年であっても、テレビという四角い箱が必要であるということは分かってきた。だから少年の家ではテレビは見られない。父親にねだったところでそれはたぶん無理な話しだ。
「お前のうちテレビはまだか?」
「買ったら見せてくれよな」
 級友の意地悪に少年は何も答えなかった。
「テレビなんて、映画が小さくなっただけだ。映画見てりゃいいんだよ」
 父親の、うちもテレビが欲しいという少年の質問の返事だった。だったら映画館に行く小遣いをくれと言いたかったが、それ以上は言わなかった。
 少年の家は映画館がある目抜き通りからは距離があった。毎日、ススキなどが群生する野道を歩かなければならなかった。野は色とりどりの野花が咲き、少年は野花の匂いを嗅いだり、時には摘んでは瓶に差したりして楽しんでいた。
 少年は夢を見た。少年の家にテレビがあった。ただそのテレビ、画面は新聞を広げたみたいに広いが厚さがほとんどない。雑誌一冊程度の厚さしかなかった。そんなテレビをマッチ箱のような小さな箱のボタンを押すと、画面を変えることができる。
「漫画本くらいの薄いテレビ? おまえ頭大丈夫か。そんなもんあるか」
 少年が夕べの夢の話をしたら友達は笑った。級友たちも集まって来た。
「それで、次は何だ? ポケットに入るラジオか?」
 お前の夢は荒唐無稽すぎるぞと級友たちは笑った。
「そうそう。ラジオは折りたたんだハンカチくらいしかなくて、ポケットに入れて歩けるんだ」
 教室の笑い話が意外なことに大きく広がっていったのだった。教師に呼びつけられた。少年は、叱られるようなことはしてないはずだけどと思いながら、かしこまって職員室に入った。
「薄くて広いテレビの話をしてたんだって?」
 少年は言った。
「夢の話をしただけです」
「その話にたいへん関心があるという方が聞きつけてやってきたんだ」
 大学の研究員だという男がいた。刑事のような鋭い目つきだった。
「君は、薄型テレビの話はどこで聞いたんだね」
「薄型テレビ? いえ、夢の話をしただけです」
「ハンカチみたいな薄っぺらい小さなラジオの話もしてたんだってね」
「夢見ただけです」
「これはものすごく大きな極秘国家機密だからね。単に夢見たと言い訳けで済ますわけにはいかないんだよ」
 教師が言った。
「じゃ、これからはいっさいそのことを言わないことにしような。絶対言わない、いいな。これでいいでしょうか?」
 教師の機転で少年は解放された。少年が教室に戻ると級友たちが騒いでいた。
「お前、先生に呼ばれたんだって?」
 級友たちはまた少年の夢の続きを噂にしていた。
「あのことは言ったのか」
「あのことって?」
「あれだよ、筆箱くらいの小さな箱の持ち運びできる電話の話だよ」
 少年はその話は職員室ではしていなかった。だがその話は誰かが尾ひれをつけて広げていたのだった。少年が家に帰るとさっきの研究員を名乗る男が玄関の前にいた。今度は一人ではなかった。同じように目つきの鋭い男ばかり数人と一緒だった。
「携帯電話の話もしていたらしいじゃないか」
 少年は訝った。
「携帯電話?」
「筆箱みたいな持ち運べる小さな電話の話、それどこで誰に聞いたんだ?」
「夢の話だから…」
「はっきり言わないと、ちょっと来てもらうよ、いいんだな?」
 父親が帰ってきた。
「どうかしたのか?」
 父親の姿を見て、研究員を名乗る男はどこかへ消えた。少年は父親に聞いた。夢で見た薄型テレビのことだった。父親は少年の言葉を必ずしも否定しなかった。
「薄型テレビか…」
「薄型テレビっていうものがあるの?」
 父親は少し考えて言った。
「外国にはもう考え方としてあるらしいと、どこかの本に書いてあったな」
 少年は父親の博識ぶりに驚いた。
「じゃあ、ポケットに入る無線の電話は?」
「それも、科学が発達すればそうなるって書いてあった」
 少年は言った。
「これ言ったら本当に捕まっちゃうと思って言わなかったんだけど、ほんとはもっとすごい夢を見たんだ」
「なんだ?」
「ポケットに入る無線の電話は、自分の居場所が世界中どこにいてもわかるようになってるんだ」
 父親は驚いた。
「それはすごい。国民みんなの今の居場所がわかっちゃうじゃないか。隠れるってことができなくなったら犯罪者もお手上げだな。でもな、その話も科学者は予測しているらしい。黙ってろよ。さもないと、さっきみたいな得体の知れない連中にさらわれちゃうからな」
 その後、少年はおかしな夢を見ることはなくなった。怪しげな研究員も現れず、先生もそのことについて何もいわなかった。級友たちも夢の話はいっさいせず、何ごともなかったかのようだった。
 ある時少年は、部屋の花瓶に差しておいたラベンダーの花がなくなっていることに気付いた。母親に尋ねると、しおれていたので捨てたと言った。少年は、夢の話とラベンダーの花との関係については知らない。ただ、級友や父親がが驚くような夢を見なくなってしまったことが残念だった。
(了)




posted by 田畑稔 at 11:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする