2019年11月08日

「ばあちゃん」作・田畑稔(no.0139.2019.11.08)

 ばあちゃんが不調だ。
 顔がほてったように赤らんでボーっとしてる。夏風邪の熱だろうか、それとももっと厄介な病気だろうか。何しろ高齢である。夫のじいちゃんはだいぶん前に他界している。ばあちゃんにもついにその時がきたんだろうか、家族は気に病むのは当然だ。
「ばあちゃん、おかしいよ。熱が続いてるみたい」
「体温測ったの?」
「測らせないのよ」
「病院に連れて行っちゃおうか」
 ばあちゃんは医者嫌いである。娘が言っても孫が尻を叩いてもばあちゃんは動かない。この年になるまでほとんど通院したことがない。はるか大昔の幼児のときに母親に連れられて行ったハシカが通院した最後だというから恐れ入る。では温泉にゆっくりつかってはということで、ばあちゃんはを連れ出すことに成功した。なんでもこの地方では有名な温泉旅館の温かい、効能がたっぷりの温泉にばあちゃんを連れて行った。ばあちゃんは娘たちの要求通り長時間つかった。だがばあちゃんは湯上りこそホッとした顔を見せたが、元来の熱は下がらなかった。
「ではマッサージはどうかしら」
「それいいわね」
 娘はマッサージ師を呼んだ。結果は同じだった。ばあちゃんの肩や腰は軽くなったようだが、やっぱりばあちゃんの熱は下がらなかった。
「やっぱり38度くらいで推移してるわ」
「いったいなんなのかしらね」
「そう重病には見えないけど、熱が続くってのは気持ち悪いわよね」
 ばあちゃんの幼なじみが亡くなった。国民学校の同級生だったという。戦中戦後の物資の欠乏していた時代にいっしょに頑張った仲なのだ。そして仕事もしたし所帯も持ったがいつも傍にいて互いに励まし合った。血のつながりはないもののむしろ運命をともにした友だった。数十年をいっしょに過ごした。ばあちゃんにとっては痛恨事だった。数日間起き上がることができず、一気に痩せてしまった。
「お葬式には行ったの?」
「なんとか行ったけど、そこで倒れてしまった。本当に可哀そうだったわ」
「それで、熱は?」
「お葬式のゴタゴタで忘れてしまったかと思ったらそうではなかったわ。またぶり返しちゃった」
「つらいお葬式があったからね」
「その死んだ幼なじみが夢に出てきて、ばあちゃんを呼ぶっていうのよ。あんたも早くこっちに来なさいって」
「それは困る。いくら幼なじみもそれだけは勘弁してくれなきゃ」
「そうよね」
 ばあちゃんはタンスや押し入れの荷物を整理しだした。着ていなかった洋服や着物を取り出し娘や孫に言った。もう着ないからあんた着てちょうだいと、また古いアルバムを眺めては涙ぐむのである。
「ばあちゃんなに泣いてるのと聞くと、あたしも次の人生に出なくちゃならないとか」
「やめてよ。ばあちゃん、それだけはやめて」
 ばあちゃんがと時々いなくなることに家族が気付いた。徘徊かと背筋が寒くなった。娘たちがばあちゃんを追いかけていったら公園のベンチに座っていた。それだけではない、ブツブツと一人でしゃべっていたのだ。
「驚いたわ。そしてショック」
「驚いててもしょうがない。専門家に見せるべきよ」
「といっても絶対病院には行かない人だから」
 娘たちは立ち往生してしまった。ばあちゃんの徘徊は時々起こった。娘や孫は、そうして事故にでもあったらどうすると気が気ではない。だが医師のアドバイスを聞くとそう焦ったものでもないという。
「大事なことは、ばあちゃんからいろいろ聞きだすことだそうよ」
「聞き出すって?」
「昔どんなことがあってそのとき自分はどうしたのかとか、いまは公園にでかけて何を見かけてどう感じたとか、そういうふうにばあちゃんの心の様子をこちらに言ってもらわなくちゃいけないの」
「そうすると?」
「そうすることでばあちゃん自身がいろんなことが気付くし、認知症の進行も止めることができたりするって」
 娘たちがばあちゃんの後ろを歩き様子をうかがった。公園に着くとばあちゃんは杖を置いて話し始めた。
「ほら、誰もいないのにしゃべってる」
「どうしよう…」
 ばあちゃんが娘たちを手招きした。娘たちがばあちゃんの後をつけていたことを知っていたようなのだ。娘たちはばあちゃんの座っているベンチに座った。
「ユリちゃん、娘と孫よ。あんたたち、あいさつしなさい」
 娘たちがキョトンとしているとばあちゃんが言った。
「いまそこに来てるのよ、ユリちゃん。あんたたちは見えないかもしれないけど」
「ユリちゃんて?」
「この間死んじゃった、あたしの幼なじみ。最近あたしに姿見せるようになったのよ」
 ばあちゃんの娘と孫は、ばあちゃんが認知症になったとばかり思ってたが、ばあちゃんの口ぶりを聞くとどうもそうでもないという気もした。
「あんたたち、あたしが認知症になったと思ってるんでしょ」
 ばあちゃんが言うには、死んだ人がどうしても会いたいと思う人には見えるという。ユリちゃんはどうしてもばあちゃんに会って話したいことがあったから出て来たのだと。
「ばあちゃん、ユリちゃんとどうしても話したかったことってなあに?」
 すると、ばあちゃんはポッと顔を赤らめた。ずっと熱にうなされていたみたいな顔になったのだ。
「ばあちゃん。熱がまた出て来たの? 病院行く? 行こうよ」
 ばあちゃんは、ばあちゃんにしか見えないユリさんに手を振った。
「ユリちゃんがあたしにどうしても伝えたいことを、伝えてくれたの。あたしね、結婚するの」
 娘たちは絶句した。
「ずっと片思いだったんだけど、それをユリちゃんは相手に伝えてくれた。最後にどうしても、死んだじいちゃんがいいと言ってくれるかどうかが心配だった。でもユリちゃんがあの世で聞いて来てくれたのよ、そうしたらオッケーだって。じいちゃんたら、けっこう渋々だったみたいだけど」
 そう言うとばあちゃんは笑った。ばあちゃんは恋の病もすっかり治ったように晴れ晴れとしていた。
(了)




posted by 田畑稔 at 09:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする