2019年11月06日

「有名詩人」作・田畑稔(no0137.2019.11.06)

 磯は晴れ上がっていた。
 海も透明、波は白く輝き、磯の水たまりには小さな生物がひしめき会っていた。少年は磯が遊び場だった。たいてい一人だが、少年は寂しくはなかった。それは磯のたくさんの生き物たちが少年の友達だったからだ。
 少年は磯の生き物たちの中でもカニが大好きだった。磯では小さなカニしかいないが、どんなに小さなカニであっても決して怯むことなく断固としてハサミを向ける。少年はそんなカニをいつまでも見たり撫でたりしていた。
 少年の隣には男がいる。無口な男である。小柄で首元まで伸びた垂らしっぱなしの髪に着物を纏っていた。ときどきカニを見て微笑んだりすることはあるが、話すことはなかった。むしろ少年こそ愛想することはなく、男に全く関心がないようだった。
 磯を散策する人たちに評判が立っていた。
「あの男、失業者?」
「着物着てるから、呉服屋かしら」
「髪がまとまってないわね」
「芸術家、なんてこともあるかも」
 その男が詩人ではないかという者がいた。
「有名な詩人ねえ。そういわれればなんとなく…」
「明治時代の人でしょ、分かんないわよ」
「明治時代ってことはあれは幽霊?」
「あんな真昼間の磯に現れる幽霊なんているかよ」
 どんな話もすぐに金儲けにつなげる者はいるもの。磯の男が有名詩人ということになった。出版社は有名な詩人は再認識されたと言い、著書があらためて出版された。有名な詩の一説にある、磯の白砂とはこの浜のことだったかと観光客が集まるようになった。すると海の家、道の駅と飲食店が立ち並んだ。どの店もイカ焼き、サザエのつぼ焼きなど詩人とは直接関係のないものを扱うのはありがちなこと。詩人の幽霊なんてものがあるわけないとか、話題集めてあわよくば金儲けにつなげようという金儲け主義者が背後にいるんだろうと言われたが、それでも町に観光客は集まり、賑わった。
 テレビ局が、有名詩人の親族を連れてきた。
「似てると言えば似てる気もしますが、なにしろ二十代で亡くなった人ですからね」
「でも雰囲気は明治の文学青年という感じはしますね」
「横顔は確かにそうです。でも正面から見ないことには」
 磯の有名詩人はなかなか正面の顔を見せてくれない。近寄るとプイとどこかへ行ってしまう。幽霊のように消えてしまうのだった。
「カニは何を食べるのかなあ」
 磯の有名詩人の取材に飽きたテレビクルーが、磯で遊んでいる少年に言った。
「ボクは磯に毎日来てるの?」
 少年は何も答えず磯のカニと遊んでいた。 
「…われ泣きぬれて蟹とたはむる…あれ? このカニ…」
 少年の手にしているカニを見ておかしなことに気付いた。白いカニの足の数が多いと思ったら片側6本で左右計12本あるのだった。
「これはちょっと意外な発見じゃないのかな」
 テレビクルーは磯の白いカニを持って帰って水槽に入れた。翌日白いカニを研究施設に持って行こうとそう思っていた。その時だった。部屋に人影があった。一人暮らしなのに部屋に自分以外の人間がいる、見間違いかと思った、だがその人物はいた。しかもその男に見覚えがあった。テレビクルーが磯で取材した有名詩人だった。有名詩人は男の部屋の椅子に座り、遠くを見ているような横顔を見せていた。
「そうかあ、わかった」
 テレビクルーはつぶやいた。磯に有名詩人が現れた原因はカニだったのだ。12本脚のカニが有名詩人を出現させた。そうすると白いカニを二匹、それ以上になったら詩人はふえるのだろうか。そう思ったテレビクルーは磯に入って水槽のカニを増やした。案の定だった。テレビクルーの部屋で有名詩人が二人になった。
「だったらカニを潰してしまったらどうなるのかなあ」
 テレビクルーは残酷なことを考えた。白いカニの脚をもぎ取って最後に金づちで潰した。その瞬間、有名詩人は消えた。翌日テレビクルーが磯に行くと少年がいた。だが白いカニはいなかった。
「きょうは詩人のおじさんはいないのかな?」
 テレビクルーが聞くと少年は初めて答えた。
「おじさんが殺したくせに」
 テレビクルーは少し驚いた。
「初めて口をきいてくれたね」
「ごめんごめん、残ってるカニは持ってくるよ」
「持ってこれないよ」
 テレビクルーが帰って水槽を見ると、残ったカニがみな水槽で腹を見せていた。テレビクルーは再び少年の元に行った。
「もう足が12本ある白いカニはいないかな、皆死んじゃってね」
 少年は怒ったような顔をしていただけだった。
 磯では有名詩人がいなくなったと騒ぎになっていた。町の人に問い詰められた。お前たちテレビが磯に入ってから有名詩人は出なくなった、なんとかしろと。
 テレビクルーはの有名詩人のいた磯に入り12本脚の白いカニを探した。だがいなかった。テレビクルーは磯の水たまりから出て岩に腰を下ろした。空は青く海は日を反射し輝いていた。テレビクルーはふと詩の一節を思い出した。
「…小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる…」
 そう口ずさんだときだった。見逃すかと思うくらいな小さな白いカニが現れた。それでも12本の脚のある小さな体が素早い足取りで岩の陰に消えた。
(了)







posted by 田畑稔 at 12:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする