2019年11月01日

「花壇」作・田畑稔(no.0132.2019.11.01)

 男は花壇の世話が日課だった。
 自慢は、何もないただ雑草が生い茂る野に見事な花壇を作ったことだった。それも五つの丸い花壇がそぞれを折り重なっている、まるでオリンピックの五輪のマークさながらであった。
「どうしてオリンピックなんだい?」
 そう尋ねられることはある。
「特別な意味はないんですけど、オリンピックが好きだからかもしれません」
 花壇は、一つ一つの円状に異なる色の花が植えられていた。だから花壇を上からみると、血迷った鷹の目のようにも見えた。
「鷹のように飛べたらよかった」
 誰かがそう言った。だが男は笑みを浮かべたが、何も答えなかった。
 鷹のように飛ぶ必要はない、塀があっても出入りは容易だった。現在でも塀の外に出ることができるのだ。逆に入ってきたのは子供だった。男の傍に寄ってきて男に倣って花壇に水をやったり花を一輪抜いて香りを楽しんだ。
「おじさんはいつから花を植えてるの?」
「そうだなあ、忘れてしまったよ」
「忘れるくらい植えてるの?」
「そうかもな」
 昼時になると男は子供たちにも握り飯を振舞った。子供たちの中にはそれが目当てだったものも実はいた。男はそれを十分承知で握り飯を子供たちに与えた。
 男は柔和な顔をしていた。誰をも優しく包む笑顔を惜しまなかった。もちろん男には特別な拘束はなかった。好きにしていいのである。だから子供も好き勝手だし、飼っている犬やヤギなどもまったくくつろいでいた。夜になり花壇には霜が降りると男は花壇にシートをかけた。そうしなければ花はしおれてしまう。男は何よりも霜を嫌った。それだけ花壇に丹精を込めた。男が花に注ぐ愛情は誰にも増して強いものだった。 
 男は常に監視の目に晒されていた。男は刑務所の住人だった。殺人罪で死刑が確定し執行を待つ身だったのである。
「そろそろ上着が必要じゃないかな。北風が吹きだした」
 看守が言うと男は答えた。
「ありがとうございます。まだ大丈夫ですから」
「外に行ってみようか? 買い物でもしようよ」
 男は花壇から雑草を抜いていた。
「ありがとうございます。でもまだ仕事がありますから」
 看守は言った。
「外に出ていいんだよ。みんな知ってるから」
 男は無実の罪で判決を受け、刑務所にいる。看守はみんなそのことを知っていた。誰かをかばっているのか、あるいはそもそも事件など起こってないという者もいた。
「ようするに、自殺であったのに殺人と扱ってしまったいうことかな」
「それは気の毒です」
「しかし死刑は確定してしまった」
「弁解じみたこと何ひとつ言わなかったからね」
 男は死刑の判決が下った時も、落ち着いていた。死刑をこんなふうに冷静に受け止められる男がいるのだろうかと言われた。
「オレはもうがまんならねえ。あんたを死刑にしたくない。逃がしてやる」
 看守は車を刑務所の前に付けて、男を乗せた。もちろん違法である。だがすぐに取り囲まれ看守は捕まった。男はまた刑務所に戻り花壇の世話に付ききりの生活を始めた。
「そもそも男は何の罪を犯したのだ」
「無実だと信じている者もいるね」
「しかし男は死刑執行を待ってる。刑務所を抜け出したりしない」
 男は死刑に値する犯罪は犯したのだろうか、それとも無実なのか。人々の論争になっていたのだった。
「あなたは罪人ですか、それとも無実ですか?」
 直接聞いた者がいた。
「残念ながら、私は罪人です」
「どんな罪を犯したのですか?」
「殺人です」
「どうしてそんなことを?」
「私は貧乏でした。それに耐えきれず窃盗に入りました。そこで逃げる前に見つかって追いかけられました。私は逃げようとしたのですが捕まりました。そこで私は抵抗したのです。ナイフを使って全力で。その結果追いかけた男は死亡しました。これが夢の全貌です」
 男は訝った。
「夢? あなたの今言った犯罪は夢ですか?」
「そうです」
「じゃあ何も問題ないじゃありませんか」
「ないですか? どうしてですか?」
 尋ねた男は笑った。
「夢で何人殺そうと何も問題ありませんよ」
「あります。私は、夢で行ったことにも責任を持たなければならないのです」
 尋ねた男は言った。
「それであなたは死刑判決を受けたというのですか?」
「そうです」
「でもそれは夢の中の判決なんですね? わかりませんね」
「ちょうど死刑執行人がまいりました」
 鋭いカギ爪を持った血迷った目の鷹が飛んできた。カギ爪は男の喉を掻き切り男の死刑が執行された。
(了)



posted by 田畑稔 at 11:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする