2019年09月30日

「雪だるま」作・田畑稔(no.0100.2019.09.30)

 雪が降り始めた。
 この冬雪は初めである。根雪にはならず数日後消えてしまう雪だったがこういう時にこそ雪だるまは現れる。雪だるまにとっては待ちに待った日であるからだ。
 当然だが雪だるまは自分の力でこの世に出現することはできない。子どもたちの力を借りなければならないのだ。だから雪だるまは秋が過ぎ冬を迎えると雪の降る日を心待ちにしているのである。
 初雪の日、その日は積もらないので雪だるまにとっては最も喜ばしい日とは言えない。それでも春先に庭先から雪が消えて、そして次に雪が降る日をひたすら待ち続け、それが成就した日であり幸せな日であった。
 そして雪が積もる日。その日は深夜から心わくわくする。雪が降ると町から音が消える。気付くと雪が積もっている。雪だるまたちはもちろん寝てなんかいられない。雪が屋根、軒先、そして軒下に3センチ、5センチと降り積もるのを叫びたい気持ちを抑えてじっと見守るのである。
 そして積雪はどうやら10センチに到達した。気温はちょうど0度。これで雪だるまの出現の条件は整った。雪だるまはその時を今か今かと待っていた。
 家の雨戸が開けられる音がした。
「お兄ちゃん、雪よ。ほら、早く起きて」
 予想された母親の掛け声だった。慌ててパジャマ姿で窓の外をのぞいたのは兄と弟の兄弟だった。そして彼らは上着と手袋をつけると一目散に外に飛び出した。雪だるまが出現する。
 雪だるまにとっては数か月ぶりのお出ましであった。おまけに最初ということもあって家の父親も母親も兄弟に加勢したのである。だから思いのほか早く胴体になる大きな玉と、頭になる少し小さな玉が重ねられた。
 雪だるまは出現した。石炭が持ち込まれ目鼻口とおまけに眉毛まで創作され、庭ほうきの先に手袋が飾られ、しかもそれが二本雪だるまの胴に差し込まれた。頭にはバケツを裏返して乗せられた。
「ぼく、ボタン付けるね」
 下の子共が丸い石炭粒をボタンの位置に取り付けた。これで完成である。雪だるまにとっては数か月ぶりの出現である。雪だるまは、たぶん今年も出現しうるとは思いつつも、やはり出現してみれば誕生、成就といった幾つもの意味がこめられた思いが重なった感慨深い日であった。
 初積雪は必ず融けてしまうということはわかっていたが、この度の気温の上昇は早く、雪だるまにはすぐに危機が襲ってきた。雪だるまは早くも融けはじめ、みるみる細くなって行ったのだった。製作者の兄弟も既に学校に行ってしまっていて、家には誰もいなかった。もっとも雪だるまは作っても作りっぱなしになるのが常である。だが一日で体は細り、手の代わりにした箒は抜け落ちて、目鼻口も徐々に剥がれ落ちて行っていたのである。雪だるまにとっては見ずとも悲惨な姿であるに違いなかった。
 女の子が現れた。
「雪だるまさん、顔が崩れている。可愛そう」
 女の子は雪だるまに同情の言葉を投げかけた。融け始めた雪だるまが同情されたことはなかったので、雪だるまは大いにとまどった。
「君は誰? 何しに来たの?」
「あたしは雪だるまさんが好き、融けかけた雪だるまさんはもっと好き」
 女の子は答えた。
 雪だるまは好きと言われたこともなかったし、まして融けかけた雪だるまが好きと言われても答えるための意識の回路がなかったのである。雪だるまは女の子への返答に窮し、素直にありがとうといえばよかったのかもしれないが、そうではなかった。
「オレにはもっときれいな彼女がいるんだ」
 雪だるまの心にもない言葉であった。しかしなぜか雪だるまの口をつく言葉は無粋であった。
「君には君程度の似合いの男がいるさ。帰ってくれ」
 女の子にとってはこれ以上ないショックだった。
「雪だるまさんて、普通の男の子と同んなじね」
 女の子はそういって帰っていった。
 普通の男の子と同じ、という意味がわからなかった。しかし良い意味で言ったのではないということは雪だるまにも想像できた。雪だるまは激しく後悔した。なぜ自分はそんなことを言ったのだろうか。だがそれは自分でもわからなかった。
 雪だるまはさらに細った。子どもたちも雪だるまのことはもはや頭にないようであって、融けるにまかせていた。
 子供たち兄弟の母親と兄弟の会話が聞こえた。
「お兄ちゃんたちが雪だるま作った後に、雪だるま見に来た女の子いたでしょう」
「いたよ」
「死んじゃったのよ」
「死んだ?なんで?」
「自殺だそう。理由はわからないけど」
 あの子が死んだことは雪だるまの耳にも届いた。雪だるまも死にたかった。なぜあんな酷いことをと後悔した。雪だるまは晴れていっそう上がった気温に身を晒し、短い時間でなくなってしまった。
(了)

  
posted by 田畑稔 at 13:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

「シキタリ」作・田畑稔(no.0099.2019.09.29)

 おじさんの自転車修理は評判であった。
 仕事が丁寧で的確なだけでなく、客の顔をいちいち見なくても誰がパンク修理にやってきたのかわかるのである。
「おじさん、置いとくね」
「わかった。置いといてくれ」
 それだけではない。おじさんは、よろず相談といった具合で町の老若男女の相談事、困りごとを引き受けては解決しているのである。必ずしも好きな仕事ではないのかもしれないが、町のためにはという思いから腰を上げるのである。
「自転車返してください」
 女の子が、べそをかいていた。
「自転車、どうしたの? なくなったの?」
 女の子がうなづいた。
「それは困ったね。どこでなくなったの?」
 女の子は泣いてばかりだった。
 父親がやって来た。
「自転車を返してください」
「女の子のお父さんですか? どこでなくなったの?」
「家です。探してください」
 おじさんは訝った。
「探せと言われてもねえ」
「おじさんなら何でもやってくれるってみんな言ってます」
 おじさんは便利屋じゃないんだよ、と反論したかったがおじさんはその言葉を飲み込んだ。
「探しておくよ」
 おじさんはそう答えた。警察官がやってきた。
「女の子の自転車がなくなったそうです」
「そのようですね」
「なんとか見つけてください」
「私がですか?」
「あなたは町の世話役じゃないですか? 頼みますよ」
 世話役を引き受けた覚えはないんだけどと、おじさんは不満ながら引き受けた。まるで押しつけがましい話しだが、この件はおじさんには心当たりがあった。少し前にこの町に越してきた母親と男の子の家庭である。この町の仕組みを知らないのでこういうことをやってしまったのだろう。おじさんが連絡すると母親がやってきた。窃盗したのは子供の方なのに逆に居丈高なのだ。
「子供が頭を下げなきゃダメだっていうの?」
 母親は言った。
「親が謝りにきたんだからいいじゃない。ずいぶん固いこというのね」
「この町ではそうしてきたんだから」
 おじさんは諭した。自転車を盗まれた女の子と父親がやってきた。
「自転車が返ってきました。男の子が持って行っていたようです」
「そうですか。やっぱり男の子でしたか」
「はい、首のない男の子です」
 おじさんは答えた。
「窃盗をすると首を切られてしまうんです。この町のシキタリです」
 自転車を盗んだ男の子の母親がやってきた。やたらと怒っていた。
「自転車盗んだくらいで首を切ることはないじゃない。首がなくてこれからどうすればいいのよ。人前に出られないじゃない。カッコ悪い」
 シキタリだからというおじさんに向かって、女はまくしたてた。
「あたしたちは人間じゃないのよ。人間の約束には縛られないわ」
「この町で暮らすには、みんなシキタリ守らなくちゃね」
「シキタリ、シキタリっていうけど、息子の首切った者はどうするシキタリになってるわけ?」
「こうするシキタリになってるよ」
 おじさんはそう言うと鎌で自分の首を切断した。
(了)




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2019年09月28日

「砂時計屋」作・田畑稔(no.0098.2019.09.28)

 男は珍しい店を見つけた。
 町を散策していると町には思わぬ商売を見つける。この日もそうだった。通りの裏に小さな看板を掲げられていた。砂時計屋であるらしいのだ。そしてこの店には、閉店セール砂時計と砂時計の砂大安売り、という張り紙があった。砂時計はわかるが砂時計の砂まで売っているのは親切だなと男は思った。しかし、砂時計の砂だけが必要なお客とはどれほどいるのかと少し疑問に思ったのだった。そもそも砂時計自体あまり必要と感じたことはなかった。子どもの時に夏休みの工作で作った記憶がある、必要だったのはその時くらいのことだろう。その後その砂時計はどうしただろう。おそらく押し入れの隅に転がっているかもしれないが覚えていない、男はそう思った。
 店に入って見ると棚に大小の砂時計が並んでいた。砂時計にもいろいろ種類があるものだと男は感心した。
「何かお探しですか?」
 老人がいた。店は無人かと思っていたらいつの間にか男の傍に歩み寄っていた。
「何かと言ってもウチは砂時計の専門店でございまして。しかも張り出してありますように間もなく閉店でございます」
「商売にならないのかい?」
 男はそう切り返した。
「まあそんなところでございますね」
 男はブラっと店を見に来ただけで買う気はなかった。なるべく老人から離れようとしたのだが老人は距離をあけず付いてくるのだった。
「お客様、砂もございますよ」
「張り紙に書いてあったやつかい?」
「そうです。こちらも閉店大安売りをしております」
 男は苦笑した。
「砂時計の砂といわれてもねえ、あまり必要はないんだけど」
「お客様の家に、使われなくなった砂時計はありませんか?」
「さあねえ、押し入れに転がっているかもしれないけど?」
「ではぜひ砂時計に砂を加えてください。ウチの砂は少し変わってまして、その加えた砂の分だけ寿命が延びます」
 男は耳を疑った。
「寿命が延びる?」
「実はウチで売ってる砂時計の砂は寿命そのものなんです。増やすと寿命がを増えます」
「ほんとう?」
「本当です。ウチの店は寿命を切り売りしているんです。寿命がなくなりそうになるとウチから砂を買っていきます」
「その分だけ生きられる?」
「そうです。逆に売る人もいます」
「寿命を売る人なんているの?」
「います。そういう人は他に売るものがないんでしょう。将来生きる予定の分を少し切り売りします」
 男は寿命を切り売りしなければならない者の人生を考えると言葉に詰まった。
「この店の近くで行き倒れの人を見かけませんでしたか?」
「…そういえば見たよ。この近くで行き倒れてたんだ。誰かが救急車を呼んで搬送していた。この店と関係あるの?」
 老人は言った。
「たぶんウチに来る客だったんでしょうねえ。砂がなくなって買いに来たんでしょうけど、少し間に合わなかった」
「そうだったんですか?」
「ええ、たぶん」
 男は少し呆れた。
「そういう場合砂だけあげる、おカネは後というわけにはいかないの?」
「いきません。ウチは時間厳守です」
 老人はあっさり言った。
「寿命というのは、分かるの? どうやって分かるもののなの?」
 老人はこれもあっさり言った。
「簡単ですよ。寿命の亡くなりかけた人にだけこの砂時計屋が見えるのです。だから買いにくるのです。そういうものです」
 男は訝しんだ。
「それじゃあまるで僕が近々死ぬみたいじゃないか」
「そうです。あなたの寿命はもうすぐ尽きます。だからこの店が見えてやってきたのです」
 男は慌てた。
「わかった。取り急ぎ砂時計の砂をくれよ。持って帰って砂時計に詰めなおすから」
「そうですね、そうした方がいいんですが、残念ながら当店は閉店と相成りました」
 男は泣きついた。
「そんなこと言わず、ちょっとだけ時間延ばしてくれない?」
「時間厳守です。ペチャクチャおしゃべりなんか、しなきゃよかったのにね」
 老人と店は消え去った。
(了)
 
 
posted by 田畑稔 at 12:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする